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「内府殿」って、薬好きの徳川家康だから「内服殿」だと思っていた私…(恥)

桂紗綾の歴史・寄席あつめ 第18回


2022年NHK大河ドラマの主人公となる徳川家康。家康は晩年、薬にハマり、薬好きとして知られる。彼が礎の築いた江戸時代に流行った落語の演目にも薬をテーマとした楽しい噺があり、それはどんな物語を描いていたのだろうか? 語ってくれたのは大阪・朝日放送のアナウンサーでありながら、社会人落語家としても活動する桂紗綾さん。伝統芸能にも精通する彼女ならではの語りをどうぞ!


 

徳川家康
自ら薬を調合するほどの薬マニアだった家康。その知識は医者をもおどろかせたという。

 

「織田がつき 羽柴がこねし 天下餅 座して喰らふは 徳の川」

 

 200年を優に超える平和な江戸時代を築いた徳川家康が、健康オタクかつ薬マニアだったことは歴史好きには有名な話でしょう。私にとっては薬好きのイメージがあまりにも強く、〝内府殿〟と呼ばれているのを〝内服殿〟といじられているのだと思っていた程です。

 

しかし、真面目な話、戦国の乱世を勝ち抜き、75歳(数え年)で亡くなるまで元気でいられたのは、家康が普段から漢方薬を服用し、粗食を心がけていたからではないかと言われています。薬学に精通し、滋養強壮や老化防止目的で自ら薬を調合する。12種類の生薬を用いた無比山薬円(むひさんやくえん)という漢方薬は、家康が薬箪笥の八段目に保管していたことから通称〝八之字(はちのじ)〟と呼ばれ、現在薬局等で手に入る漢方薬〝八味地黄丸((はちみじおうがん))〟と一部共通する成分が入っています。

 

 江戸時代中期、庶民に爆発的大ヒットした薬があります。越中富山藩が製造し〝富山の薬売り〟が行商で全国各地に広めたという〝反魂丹(はんごんたん)〟。豆粒大の丸薬で、本来は胃腸薬ですが、万能薬として扱われた時代もありました。

 

越中富山藩の薬行商箱
この箱に刻まれている「松井屋源四郎」は一説には富山売薬の起源をつくった男として知られ、その後の富山の薬商に隆盛をもたらした。(『富山売薬業史史料集』国立国会図書館蔵)

 

『高尾(江戸落語では反魂香)』という落語は、この反魂丹が重要なアイテム。やもめの喜六は、最近長屋に越してきた隣家の僧侶が毎晩ナンマイダ~と念仏を唱えるため眠れない。喜六が文句を言いに訪ねると、僧侶はわけを語る。

 

 元々自分は因州鳥取藩の島田十三郎という侍で、江戸藩邸にいる際、吉原で三浦屋の花魁・高尾太夫と恋仲になった。夜な夜な通い詰めていることが殿に知れ、島田は追放。高尾は仙台藩主・伊達綱宗(だてつなむね)に見初められるが、島田に操を立て一切なびかない。一徹短慮の綱宗に無残にも斬り殺された高尾は、幽霊となり島田の枕辺に現れる。島田は剃髪し、日夜高尾を弔うべく念仏を唱えている。更に、高尾にもらった反魂香(火にくべると煙の中に亡者が現れる香)で、時折高尾に逢っていると言う。

 

 喜六が高尾を見せるよう迫ると、島田は反魂香を火にくべた。美しい高尾が現れ芝居口調で「お前は、島田十三(じゅうざ)さん…」と品を作ると、島田は「そちゃ女房、高尾でないか」と嬉しそうに応える。このやり取りに喜六は、自分も三年ぶりに亡くした妻に逢いたくなり、その足で薬屋に走る。寝ている薬屋を叩き起こすも、反魂香の名前を忘れてしまう。間違えて「越中富山の反魂丹」を買って帰り、七輪に丸薬をくべ、妻の〝おちょね〟の名を呼ぶが、出てくる気配は無い。不思議がる喜六は、反魂丹を袋ごと七輪に投げ込んでしまう。辺り一面煙だらけで咳き込んでいると、「喜ぃさん」と表の戸を叩く女の声が。喜六は「表の戸をドンドンと叩くは、そちゃ女房、おちょねじゃないか」と喜んで戸を開けると、隣の奥さんが焦げ臭いと苦情を言いに来た…という噺。

 

高尾太夫
伝説の花魁として名が継がれた高尾。各代で色恋にまつわる様々な逸話を残す。(国立国会図書館蔵)

 

 また、他にも『田楽喰い(運廻し・ん廻し)』という噺の中には「先年神泉苑の門前の薬店、玄関番人間半面半身、金看板銀看板、金看板根本萬金丹、銀看板根元反魂丹、瓢箪看板灸点」というセリフが出てきます。

 

 これは〝ん〟の付く言葉の数だけ田楽がもらえる遊びを描いた落語で、「京都に神泉苑というお寺があり、その前の薬屋には玄関番として半身内臓が見える人体模型が置いてある。そこに金看板と銀看板があって、金看板には根本萬金丹、銀看板には根元反魂丹、瓢箪型の看板には〝お灸の点を下ろします〟と書かれてある」という意味です。寄席では必ず拍手が起こる難しい早口言葉で、噺家の皆さんもドヤ顔をされます() 落語は市井の人々の日常をユーモラスに描いたもので、これらの噺からも反魂丹が如何に庶民の暮らしに溶け込んでいたかがわかります。ちなみに萬金丹は伊勢で生まれた漢方薬で、「越中富山の反魂丹、鼻くそ丸めて萬金丹」という俗謡でも親しまれています。

 

反魂丹の扁額
越中反魂丹は江戸時代から引き継がれ、現在も人気を集める。食べ過ぎ飲み過ぎによる各症状や消化不良などに効くとされている。(『富山売薬業史史料集』国立国会図書館蔵)

 

 そもそも落語が発展したのは江戸時代。戦乱の世に終止符を打った家康が人々にもたらしたのは、穏やかな生活でした。文化芸術が大きく成長するのはいつも平和な時代なのです。近代日本でも日中戦争・太平洋戦争中は国民が演芸に興じる余裕等無く、禁演落語国策落語まで登場しました。

 

 2020年以降のコロナ禍も同様で、全ての文化芸術は一度その火を完全に吹き消されました。この2年半、文化芸術に携わる人々は懸命にその火を再燃し、新しい形・自らの芸を模索し続けています。自身は健康を心がけ、勉学に励み、更には国の安寧を生み出した家康。その功績は、落語という一面から見ても非常に大きなものだったのです。

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桂 紗綾()
桂 紗綾

ABCアナウンサー。2008年入社。女子アナという枠に納まりきらない言動や笑いのためならどんな事にでも挑む姿勢が幅広い年齢層の支持を得ている。演芸番組をきっかけに落語に傾倒。高座にも上がり、第十回社会人落語日本一決定戦で市長賞受賞。『朝も早よから桂紗綾です』(毎週金曜4:506:30)に出演。和歌山県みなべ町出身、ふるさと大使を務める。

 

『朝も早よから桂紗綾です』 https://www.abc1008.com/asamo/
※毎月第2金曜日は、番組内コーナー「朝も早よから歴史人」に歴史人編集長が出演中。

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