【江戸の性語辞典】性行為、性交のことを言った「とぼす」という言葉
江戸時代の性語⑪
江戸時代に使われてた言葉。今見れば、予想がつかない意味で話されていた言葉や現在とはまったく異なる意味で使われていたものなどが江戸時代の言葉の中にはある。ここでは江戸で使われていた性にまつわる言葉を紹介していく。
■とぼす
性行為、性交のことである。春本や春画の書入れでは、「交合す」と表記し、「とぼす」と読ませることが多い。

春本『笑本春のにしき』に描かれた情交の場面。(北尾雪坑斎、明和年間)<国際日本文化研究センター蔵>
【用例】
①春本『笑本春のにしき』(北尾雪坑斎、明和年間)
大家が、借家人の女房に迫る。
「ひとつ、とぼさしてくだされ。家賃は待って進ぜよう」
「滅相な、お家主さま。旦那が戻られたら、どうしよう」
大家は借家人の女房に、家賃を「体で払え」と要求していることになろう。
②春本『華の一興笑』(鳥文斎栄之、天明八年頃)
手燭を持って廊下を通りかかった女中に、男がいどみかかる。
女「これさ、よしなよ」
男「気のきかねえ。そのろうそくを消しや。その代わり、こっちでとぼすからいい」
手燭のろうそくを消し、その代わりほかの物をとぼそう(ともそう)という洒落である。つまり、暗くして、セックスをしよう、と。
③春本『艶本葉男婦舞喜』(喜多川歌麿、享和二年)
夫婦が昼間からセックスをしている。窓の格子からのぞいた女が、つぶやく。
「ここの内のように、夜も昼もわからず、とぼし続ける内もねえものだ」
好き者夫婦として、近所でも有名なようだ。
当時の木造家屋は隙間だらけだったから、昼間のセックスはのぞき見されても不思議ではなかった。
④『街談文々集要』(石塚豊芥子編)
同書の文化六年(一八〇九)の項に、こうある。
近来、とぼすといふ言葉流行す、男女交合の隠語也。
江戸時代後期の文化年間には、江戸ではすでに「とぼす」が定着していたようだ。
⑤春本『会本婦女録嘉遷』(歌川国丸)
精力絶倫が自慢の男が、さらに続けて複数回、しようとする。遊女が言う。
「わたいらは、いくらでもさせるが商売だから、かまわねえが、そんなにとぼしたら体に毒だから、もう一丁とぼしたら、ちょっとお休み」
⑥春本『旅枕五十三次』(歌川国盛、幕末期)
東海道の小田原宿で、昼間から交わっている男女。
男「小田原提灯(ちょうちん)といって、ここは、とぼすことが名物だ」
女「それでも昼間、とばすのは、おかしいじゃあないか。いっそ明るくって、気恥ずかしいようだよ。ああ、どうしよう、ふんふんふんふん、ああ、いいわなぁ、いいわなぁ、それ、いくよ、いくよ」
性交の「とぼす」と、提灯を「とぼす(ともす)」を掛けている。
小田原提灯は、不用の時は折りたたんで腰に差し、使用する時は伸ばして用いられるようにした、細長く小さな提灯。
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