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【江戸の性語辞典】たっぷり性交をお楽しみなさいな、という意味の「おしげりなんし」

江戸時代の性語⑥


ここでは江戸時代に使われていた「性語」にスポットをあて、当時どのように使われていたのか、という用例とともに紹介、解説。現代の意味とは異なるニュアンスで使われていた言葉や現在とは意味が異なる言葉が存在。時間の経過とともに変化した言葉たちの意味を紐解いていこう。


 

■おしげりなんし

 

 男女に対して、別れ際に言う言葉で、「たっぷりセックスをお楽しみなさいな」という意味。なんとも、あけすけと言おうか。

 

 こんな意味の挨拶をするなど、現代では考えられない。とくに、交際を始めたばかりの若い恋人同士や、セックスレスの夫婦に対しては、失礼そのものになろう。

 

 しかし、江戸では遊里を中心に、ごく普通に用いられた。

 

江戸の岡場所の遊女たち。岡場所は吉原の遊郭より安価で遊興でき、江戸っ子たちの人気を集めた。『岡場所錦絵(遊興之図)』

 

【用例】

①戯作『真女意題』(天竺老人著、安永十年)

 

 場所は、岡場所の「芝神明」。

 

 勤番武士の奥右衛門は、藩邸に出入りの商人の忠七とばったり出会い、茶屋で話をしていると、茶屋女に、女郎屋を勧められた。

 

 奥右衛門がその気になったので、忠七が案内することになる。忠七が茶代を払い――

 

 忠「おおおきに、お世話」

 女「おゆるりと、おしげりなんし」

 

 茶屋女の言葉は、現在の「ごゆっくり」に近いようだが、行く先が女郎屋だけに、セックスの意味がこめられていた。

 

「女郎屋で、たっぷりお楽しみなさいな」というわけである。

 

 

②戯作『一目土堤』(内新好著、天明八年)

 

 場所は、岡場所の「本所一つ目」。

 

 遊び好きの男三人が、連れ立って女郎屋に上がった。遊女三人を合わせて、みなでカルタをして遊んだが、そろそろ寝ようと、それぞれの組み合わせで寝床に行く。男のひとりが、お花という遊女に――

 

男「お花さん、ちっと、ここで話しねえ」

花「お邪魔だろうから、あっちへ行って伏せりやす。ゆるりっと、おしげんなさいまし」

 

 お花は男に、相手の遊女とたっぷり楽しめ、と言っていることになろう。

 

 

③戯作『妓娼情子』(鶯蛙山人著、文化年間)

 

 場所は吉原の妓楼の一室。

 

 蘭蝶(らんちょう)は不義理が重なり、最愛の遊女の此糸(このいと)とは会えなくなった。だが、此遊(このゆう)という遊女が手引をして、こっそりふたりを一室で会わせる。此遊が去り際に、ふたりに言う。

 

「久しぶりで、しっかりとおしげんなんし」

 

 蘭蝶と此糸はふたりきりになれば、話をするより先にまず抱き合い、セックスをしたいであろう。このことが、此遊はちゃんとわかっていた。

 

 愛し合う男女に対し、これ以上の心遣いはあるまい。

 

④春本『仮枕浮名の仇波』(仮名垣魯文著、安政元年)

 

 お富と与三郎のあいだを、淫性という男が取り持つ。

 

 淫性は心得、植込みの陰に忍びし与三郎が、ふるえる手を取り、引き出して、

「さあ、しっぽりと、おしげりなせえ」

 と、お富がもとに押しやれば、

 

 淫性はお富と与三郎に対して、「たっぷりセックスを楽しみな」と言っていることになろう。

 

 この表現は、遊女だけでなく、男も使っていたことがわかる。

 

 

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過去記事

永井 義男ながい よしお

1997年『算学奇人伝』で開高健賞受賞。時代小説のほか、江戸文化に関する評論も数多い。著書に『江戸の糞尿学』(作品社)、図説吉原事典(朝日新聞出版)、江戸の性語辞典(朝日新聞出版)など。

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