【江戸の性語辞典】情事、男女関係、愛人などを意味した「いろ」
江戸時代の性語①
「言葉」は時代とともに常に変化するもの──。
現代と昔で大きく意味が異なる言葉、または表現する言葉が変わったものなど様々。
性に関する言葉もしかり。江戸時代の性に関する言葉は、現代まで使われているもの、意味が変化したもの、まったく使われなくなったものがあるようだ。本稿では「江戸時代の性語」について、春本や戯作から採取した用例を入れて、現代語に照らし合わせ解説。江戸の言葉の文化を改めて体感してみよう。
■色(いろ)
話し言葉では同じ「いろ」でも、多種多様な意味があった。
男にとって「いろ」は、情婦、愛人、恋人、さらに情事や色事である。
いっぽう、女からすれば「いろ」は、恋人、愛人、浮気の相手、さらに情事や色事である。
また、遊女や芸者などの玄人の女にとって「いろ」は、客の中の真に惚れた男、恋人や、商売を抜きにした色事や浮気を意味した。
これほど多種多様な意味があれば、当事者以外の人間が耳で聞いても区別が困難である。そのため、戯作や春本、春画の書入れなどでは漢字の熟語に「いろ」と読み仮名をつけ、読者にわかる工夫をした。

『春色辰巳園』国立国会図書館蔵
【用例】
①戯作『春色辰巳園』(為永春水著、天保六年)
深川の芸者同士が話をしている場面。
「おめえなり、わたいなり、こういう商売をしているからにゃあ、ちっとやそっとの、ちょい色ぐれえは、当たり前なわけだわね」
この「色」はセックスの意味である。「ちょい色」は、その場限りの情事、浮気のことであろう。芸者稼業に浮気や情事は付き物と述べている。
②戯作『春色恵の花』(為永春水著、天保七年)
男がひとりではなく、誰かと一緒に食事をしたいと言ったのに対し、女が言う。
「おまえさんの好女(いろ)とかえ」
この「好女(いろ)」は、思いを寄せている女の意味であろう。女がちょっとすねている場面である。
③春本『開談夜之殿』(歌川国貞、天保九年)
亭主が留守の夜、女のもとに男が訪ねてきた。男に口説かれ、女が言う。
「おまえさんに初めてお目にかかった時分から、あんなお方とどうかしたら、死んでもよいと思っていましたが、おまえさんには惚れ手が多し、万一、色になりおおせたところが、苦労を求めるようなもの、またわたくしも道ならぬことだと、今の今まで思いあきらめておりましたが……」
この「色」は愛人、不倫の相手の意味であろう。
亭主がいる身でありながら、けっきょく女は男を受け入れる。
④戯作『英対暖語』(為永春水著、天保九年)
女が、自分の考えを述べる場面。
「よく、まあ、よその人は情人(いろ)に切れたの、やめたのと言っていられるものだ。一度でも情人(いろ)になったらば、もうもう、どんなに苦労をしても……」
この情人(いろ)は、恋人の意味である。自分はいったん惚れた合った恋人とは、どんなことがあっても別れないと述べている。
⑤戯作『春色恋白波』(為永春水著、天保十二年)
病の床に伏している男のところに、かつて浅からぬ仲だった芸者が見舞に来た。
「おやまあ、たいそうお痩せだねえ。いつかじゅう、便りを寄こした時、いつでも内においででないというから、また安楽寺の茶店の情女(いろ)の方へばかり行っておいでだろうと思っていたのに」
この情女(いろ)は、恋人や愛人の意味であろう。
同じく「いろ」と発音しても、情人なら男、情女なら女である。
⑥春本『花の雫』(歌川国盛、幕末期)
男と女がセックスをしながら、話をしている。
女「おまいとこんなことをしたら、おっ母ぁに叱られるだろうねえ。おまいと、おっ母ぁと、色だから」
男「馬鹿ぁ言いねえ。おいらぁ、とうから、おまえに惚れているから、おっ母ぁの機嫌をとっておくのだ」
女の言う「色」は、愛人関係の意味であろう。男が自分の母親と関係しているのを知っていた。
さて、この男はかなりの女たらしのようだ。もともと年増の女と性的な関係があったが、ついにはその娘にも手を出したのである。口もなかなかうまい。
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現代でも地名として残る吉原を中心に、江戸時代の性風俗を紹介。町のラブホテルとして機能した「出合茶屋」や、非合法の風俗として人気を集めた「岡場所」などを現代に換算した料金相場とともに解説する。