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【江戸の性語辞典】女性の下着を意味した「湯文字」

江戸時代の性語②


「言葉」は時代とともに常に変化するもの──。
 現代と昔で大きく意味が異なる言葉、または表現する言葉が変わったものなど様々。
 性に関する言葉もしかり。江戸時代の性に関する言葉は、現代まで使われているもの、意味が変化したもの、まったく使われなくなったものがあるようだ。本稿では「江戸時代の性語」について、春本や戯作から採取した用例を入れて、現代語に照らし合わせ解説。江戸の言葉の文化を改めて体感してみよう。


 

■湯文字(ゆもじ)

 女の下着。腰巻ともいう。

 

 庶民の女は木綿の湯文字だが、富裕な家の女は縮緬(ちりめん)の湯文字を用いた。とくに、遊女や芸者など、玄人の女は緋縮緬(ひぢりめん)の湯文字をした。

 

 江戸弁では訛って、「いもじ」と発音する。

遊女と緋縮緬の湯文字 『逢夜鳫之声』(歌川豊国、文政5年)/国際日本文化研究センター蔵

【用例】

①戯作『当世虎の巻』(田螺金魚著、安永七年)

 吉原の妓楼で、大尽が大勢を集めて、福引をもよおした。

 

 幇間の喜八は、緋縮緬の湯文字が当たり、花鶴という遊女は頭巾が当たった。

 

 喜八は花鶴に、湯文字と頭巾を交換しようと持ちかけたが、断られる。そこで、喜八が言う。

 

「このいもじを、たった一度、おまえ、締めてくれなさい。なぜといいな、そこを頭巾にしてかぶりたい」

 

 花鶴に下着として使用してもらった湯文字を、喜八は頭巾にしてかぶりたい、と。変態的な冗談である。

 

 

②春本『喜能会之故真通』(葛飾北斎、文化十一年)

 夏の夜、十六歳くらいの娘がひとりで涼み台に腰かけていると、知り合いの二十四、五歳の路清がやってきた。勧められて横に座る。

 

 路清も胸はどきどき、厚かましくもやってみろと、左の手を娘の肩へかけ、右の手を前へ回し、引き寄せるに、自由になって何にも言わず、さてこそよしと、帷子(かたびら)の間(あわい)から手を入れて、緋縮緬の湯文字の中へぐっと差し入れ、

 

 帷子は、裏地をつけない着物。「ひとえもの」ともいい、夏用である。

 

 緋縮緬の湯文字を身に付けているのだから、裕福な家の娘であろう。まだ十六歳だが、すでにかなり男体験があるようだ。

 

 

③春本『開談夜之殿』(歌川国貞、文政九年)

 地獄と呼ばれる私娼と、初めての客の男との会話。

 

「まあ、おめえ、この帯を解きな」

「解くから、おまえも、お解きな。なんだか、恥ずかしくってなりませんよ」

「俺が解いてやろう」

 と、女の細帯も解き、わが帯も解いて、

「もちっと、こっちへ寄んな。じっとしていなよ」

 と、へその下をそろそろなでおろし、いもじの結び目をほどき、毛ぎわよりなでおろし、

 

 地獄は、ひそかに個人営業をしている娼婦である。

 

 会話ではなく、描写の部分に「いもじ」と表記されている。作者は湯文字の訛りではなく、いもじが正式な名称と信じていたのかもしれない。

 

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過去記事

永井 義男ながい よしお

1997年『算学奇人伝』で開高健賞受賞。時代小説のほか、江戸文化に関する評論も数多い。著書に『江戸の糞尿学』(作品社)、図説吉原事典(朝日新聞出版)、江戸の性語辞典(朝日新聞出版)など。

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