【江戸の性語辞典】色恋の相手や惚れた相手、色事を意味した「おっこち」
江戸時代の性語⑧
江戸で話されていた色事、性事に関する言葉を紹介。今とは異なる言葉での表現は知れば知るほど、興味が深まる言葉ばかり。江戸時代と現代の違いを楽しめる発見がある。
■「おっこち」
色事のこと。惚れるという意味にも用いる。
色恋の相手や、惚れた相手の意味もあり、その場合は男女の別なく用いる。

茶屋娘と男がやりとりしている様子。(為永春水 著『春色梅美婦禰』国立国会図書館蔵)
【用例】
①戯作『清談若緑』(曲山人著)
旅の若い男女が歩いていると、駕籠かきの人足が駕籠を勧めた。男が断ると、人足はなおも言う。
「そう言わずに、乗っておくんなせえな。おかみさんだか、堕落(おっこち)だか、そこのところは知らねえが、この美しい姉さんが、足の痛ぇという様子」
堕落を「おっこち」と読ませている。愛人や、不倫の相手などの意味だろうか。
人足は、女房なのか愛人なのかわからないが、と言っていることになろう。
②戯作『梅之春』(為永春水著、天保十年)
男と女の、夜道を歩きながらの会話。
男「あれさ、あんまり片脇を通ると、ドブへ落っこちるよ」
女「おほほほ、ドブへ落っこちてはいけませんねえ」
男「おいらがいい男だと、堕落(おっこ)ちてもらうけれど、そううまくはいかねえ」
女「おやおや、お玉さんが堕落(おっこち)で、今じゃあ、おまはんと夫婦になっておいでだと、上阿町の内で聞きましたわ」
ともに、堕落を「おっこち」と読ませている。
男の言う「おっこちてもらう」は、色事をするという意味であろう。要するに、女をさそっていた。
女の言う「おっこち」は、恋人。恋人同士から、夫婦になったわけである。
ともあれ、おっこちの語源がわかるようだ。水に落っこちるように、相手に夢中になる状態であろう。
③戯作『春秋二季種』(三亭春馬著)
商家の若旦那が、女芸人を見初めた。取り巻きの男が仲立ちを買って出て、女にささやく。
「ほかじゃねえが、あの旦那がおめえに大恍惚(おおおっこち)だが、なんと、うれしかろう」
恍惚を「おっこち」と読ませている。しかも、「おおおっこち」とあるので、夢中になっている様子がわかる。のぼせていると言おうか。
「おっこち」を、惚れたという意味に用いていた。
④戯作『春色恋白波』(為永春水著、天保十二年)
男と女の、相手をさぐり合いながらの会話。
男「わたしらのような者にまで、うまく世辞をじょうずにして、男の心を迷わせるというは、ほんに罪作りなこった」
女「おほほほほ、そのほどにかけて、世間の娘御や芸者衆を恋慕(おっこち)させるのだから、怖いねえ」
恋慕を「おっこち」と読ませているが、この熟語で意味はわかる。
女は男を、女たらしと見ていることになろう。
なお、女の言う「ほど」は、口先のことであろう。口先がうまいの意味で、「程がよい」という言い方がある。
⑤戯作『春色梅美婦禰』(為永春水著、天保十二年)
十七歳くらいの茶屋娘が、久しぶりに顔を出した客に言う。
「もうもう、影もお見せなさらないで、お憎らしい。どこへ恋女(おっこち)ができたんでありますえ」
恋女という表記で、「おっこち」の意味はわかる。
それにしても、十七歳とはいえ茶屋女だけに、如才がない。
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歴史人 大人の歴史学び直しシリーズvol.4
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現代でも地名として残る吉原を中心に、江戸時代の性風俗を紹介。町のラブホテルとして機能した「出合茶屋」や、非合法の風俗として人気を集めた「岡場所」などを現代に換算した料金相場とともに解説する。