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尊王攘夷に直面した激動期の14代将軍・徳川家茂

「徳川15代将軍列伝 〜 江戸幕府を開いた家康から、最後の将軍・慶喜まで〜 第16回」


尊王攘夷、黒船来航、安政の大獄、コレラの大流行……。幕末の日本には数々の難題や混乱が突きつけられ、徳川幕府の存続も先が見えない状態であった。そんな混乱期に将軍に就任したのが徳川家茂。彼がどのような状況で将軍となり、どのような苦悩に直面したのかについて、ここでは紹介していく。


 

わずか12歳で混乱期の日本の将軍となった14代・家茂

 

14代将軍・徳川家茂

 

 ペリー来航から揺れ始めた徳川幕府。紆余曲折の末にときの大老・井伊直弼の強力な後押しによって13代将軍・徳川家定(いえさだ)の養子に決定し、家定の没後14代将軍位を継いだ慶福(よしとみ)は、御三家のひとつ・紀州徳川家の当主・斉順(なりゆき)の長男として弘化3年(1846)閏5月に誕生した。そして嘉永2年(1849)に、僅か4歳で紀州徳川本家を継いだ。

 

 将軍家・徳川家定の継嗣問題が起きた時には、まだ12歳の少年であった。安政5年(1858)7月に家定が没すると、その10月に慶福は「家茂(いえもち)」と改名して14代将軍となった。家茂将軍の就任は、コレラの大流行から始まった。そして、外国との貿易を認めた幕府は翌年6月には、神奈川・長崎・箱舘(函館)を開港して5カ国との自由貿易を許可した。

 

 井伊大老が取り仕切る幕政は、背後では朝廷などを巻き込んでの政局が渦巻き、「尊王攘夷」「安政の大獄」などの最中にあった。これらは少年将軍・家茂とは無縁の出来事であったが、それでも将軍である。どういう行動に出ればよいか。まず、こうした悩みから家茂の治世は始まったのである。

 

 安政という年号が、万延元年(1860)に変わり、幕府は条約批准書をアメリカ政府と交換するため、新見正興らをアメリカに送った。そしてこの3月3日、「桜田門外の変」が起きる。独裁政権を執行してきた大老・井伊直弼が水戸浪士などによって暗殺されたのである。

 

 安政の大獄は、数多くの罪人を作り上げ、そのほとんどを死罪とした。名もない人物の中には、坂本龍馬の妻・お龍の父親・楢崎将作(ならざきしょうさく)などという京都の町の医者もいたほどである。楢崎の場合は、攘夷運動に関係したと見られたことが理由であった。こうした井伊直弼の弾圧ともいえるやり方で、特に水戸藩士らが激昂したのは、水戸藩が京都朝廷と組んで反幕府行動を取ったという理由で藩主・斉昭を謹慎させたばかりか、水戸藩を滅亡の淵に追いやろうとしたことであった。脱藩した藩士たちが、薩摩藩士・有村次左衛門を含めて大老・井伊を襲撃して殺したのであった。井伊直弼はその意味で「毀誉褒貶(きよほうへん)」の人ではあるが、外国の開港要請などという幕末の国事多難な時を乗り切ろうとした幕閣の要人であった。

 

 

公武合体のため、天皇の妹・和宮を娶る

 

和宮

和宮が将軍家への嫁ぐ際の行列を描いた図。(「御降嫁御行列の図」『幕末・明治・大正回顧八十年史』より/国立国会図書館蔵)

 

 その後、老中・安藤信正らによって朝廷との「公武合体」を目指す動きが顕著になっていく。朝廷と幕府の関係改善を狙うのが「公武合体」であって、朝廷と幕府とが手を結ぶことで、尊王攘夷を叫ぶ反幕派を抑え、障害なく幕政を推進できるという考え方であった。この考えには、孝明天皇も乗り気となった。その結果、具体策として孝明天皇の妹・和宮が将軍・家茂と結婚するという案が浮上し実行に移された。

 

 しかし和宮は、6歳の時に既に有栖川宮親王と婚約が決まっていた。それを承知の上で幕府側は強引に結婚話を進めた。結局、親王との婚約を破棄させて和宮は文久2年(1862)2月に江戸に下った。2人は共に17歳の同い年であった。これも形だけの結婚であって、究極の政略結婚といえよう。

 

 結婚後の2人の仲は睦まじかったともいわれるが、2人の間には子どもはなかった。歴代将軍のうち、側室がいなかったのは8歳で亡くなった7代・家継とこの14代・家茂だけということになっている。

 

監修・文/江宮隆之

歴史人電子新書『徳川15代将軍列伝』より

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江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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