孫堅がゲットした皇帝の証・伝国璽は、どこへ行ってしまったのか?
ここからはじめる! 三国志入門 第31回
伝国璽(でんこくじ)とは皇帝用の印鑑で、玉を細工して造ったことから玉璽(ぎょくじ)ともいう。秦(しん)の始皇帝が造り、それが漢の時代にも受け継がれて代々「皇帝の証」とされた。後漢末期(189年)、これを入手したといわれるのが呉の始祖、孫堅(そんけん)である。彼の死後、伝国璽はどうなったのか?
孫堅にとっては「呪いのアイテム」だった?

関内侯という職の印が刻まれた青銅印。印章の材質は青銅、銀、金、玉があった。うち「玉」は皇帝の用いる印で、璽(じ)と特別扱いで呼ばれた。材質から玉璽、皇帝の正統性を受け継ぐものという意味で伝国璽とも呼ぶ。(許昌博物館)
董卓(とうたく)の軍勢を破り、都・洛陽(らくよう)へ一番乗りした孫堅。焼け野原になった洛陽の古井戸から五色の光が差し、そこへ潜ってみると、伝国璽が見つかる(『呉書』)。
「受命于天既壽永昌」(天命を受け、年ながくして永昌ならん)とあり、大きさは四寸四方、つまみには五匹の龍が彫られ、まさに皇帝の所有物と見えた。本来なら、霊帝から少帝、献帝へ受け継がれるべきものが、董卓の強引な遷都により行方知れずになっていたのである。
「はてな? ……これは尋常の印顆(いんが)ではないが」
『三国志演義』(台詞は吉川英治版)では、孫堅はそういって伝国璽をしまい込み帰国する。しかし、それがトラブルを生み、袁紹(えんしょう)、劉表(りゅうひょう)と争い、命を落としてしまう。息子の孫策は、父の遺品の伝国璽を袁術(えんじゅつ)へ贈り、かわりに兵を授かって独立する。伝国璽を手に入れた袁術は皇帝を僭称(せんしょう)するも、やがて身を亡ぼす。下手をうてば、まるでロクなことにならない「呪いのアイテム」でもあるのだ。
「袁術は天子を僭称しようとしていたので、孫堅が伝国璽を手に入れたと聞くと、孫堅の妻を人質にして、それを奪い取った」(『山陽公載記』)。このように伝国璽が袁術の手に渡ったことは、正史の注にもある。
袁術が滅びたあと、その持ち物の中から伝国璽を見つけ、持ち出したのは徐璆(じょきゅう)という人物だった。彼は伝国璽を本来の持ち主である献帝(けんてい)に届けるため許昌(きょしょう)へ急行。無事、返上した(『先賢行状』『後漢書』による)。
ただ、徐璆が持ち出したのは本当に伝国璽だったのか。そもそも、孫堅は伝国璽を本当に入手していたのか。捏造ではないのか…。『三国志』のなかでも風説入り乱れていて、すでに当時から情報が錯そうしており、真偽不明というほかはない。
220年、曹操の跡を継いだ曹丕(そうひ)は、献帝を退位させ、魏(ぎ)を建国したさいに伝国璽も受け継いだようである。『後漢書』には、献帝の皇后・曹節(そうせつ)は「曹丕の使者に伝国璽を投げつけた」と記されている。政権交代へのささやかな抵抗だった。
孫堅~孫策~袁術から献帝、曹丕から後世へ……
このように持ち主を変えた伝国璽は、その後の王朝に受け継がれた。西晋、前趙、後趙などを経て、隋から唐へ。五代十国時代の946年、後晋の出帝(しゅつてい)が契丹(きったん)軍に降伏し、捕らえられたさいに紛失したという。降伏後、出帝は都の開封(かいほう)から、北方(遼寧省)に連れ去られ、そこで没している。出帝がどこかへ隠したのか、契丹が持ち去ったのか・・・。
近年、清朝の第4代皇帝で、名君として名高い康煕帝(こうきてい/在位1661~1722年)の玉璽が見つかり、オークションにかけられたことがあった。1900年の義和団事件で8カ国連合軍が北京を占領したさい、宮廷から流出したそうである。アメリカへ持ち出され、ある中国人が13億もの大金で買す形になった。康煕帝は100以上もの印を持っていたといわれるが、いずれも古代から伝わった伝国璽ではない。新造であっても、皇帝が使う玉璽はそれこそが「伝国璽」になったということだろう。
日本にも「璽」がある?
玉璽は日本でいえば皇室に受け継がれる「三種の神器」のようなものだ。八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の三種のうち、勾玉は「璽」(じ)ともいい、草薙剣とあわせて「剣璽(けんじ)」と呼ぶ。
日本でも、これらをめぐって歴代の権力者が争いを繰り広げた。平家滅亡のときに安徳天皇とともに壇ノ浦に沈んだなどの逸話も伝わる。そのまま行方不明になったとも、あとで発見されたともいわれる。
昭和から平成、平成から令和に元号が変わったときも、皇居で「剣璽渡御の儀」(けんじとぎょのぎ)が行なわれ、三種の神器を天皇陛下が受け継がれる様子が中継された。ただ、その中身は本当に昔から伝わる現物なのか、新造かレプリカなのかは誰にも確かめようがない。いずれにしても、天皇家のもとにあるものこそが正統ということになるのであろう。
(続く)