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【三国志入門】孫堅はなぜ「江東の虎」と呼ばれるのか?


三国志は魏・蜀・呉という「三国」の興亡史である。このうち、魏と蜀の創業者は曹操と劉備で問題ないが、呉の創業者・孫権(そんけん)は彼らよりも一世代若い人物で、その礎を築いたのは父・孫堅(そんけん)だった。そこで今回は、孫堅の活躍と彼が残した遺産について述べたい。


 

あまりの強さから味方にまで警戒された

 

虎符を象ったオブジェ(中國陝西省)

 孫堅がどういう家柄に生まれたのか、実は謎だらけだ。「蓋孫武之後也」(けだし、そんぶの、あとなり)という一文で、正史『三国志』の「呉書」は始まる。つまり「おそらく孫堅は孫武の後裔(こうえい)なのだろう」という、なんとも心もとない書き出しなのである。

 

 孫武というのは、春秋時代の呉に仕え、兵法書『孫子』の著者とみなされる将軍のことだ。孫堅の時代より600年以上も前の人だし、もちろん系譜があるわけでもない。そもそも孫堅は父親の名もわからない。そうした意味で、曹操や劉備よりも得体の知れない家柄だった。

 

 ただし、戦にはめっぽう強かった。腕っぷしも強かった。17歳の時、故郷に近い銭唐(せんとう)の賊の首を斬って名を挙げ、会稽(かいけい)郡で起きた数万人規模の反乱を千人あまりを率いて鎮圧。「黄巾の乱」では、自身が先陣きって敵の拠点を奪った。董卓(とうたく)軍との戦いでも、諸将が怖気(おじけ)づいて戦わないなか、孫堅軍だけが快進撃。華雄(かゆう)の首をとり、董卓を長安へ退かせて洛陽(らくよう)を占領した。この強さこそが「孫武の子孫」と噂された証明ということになろう。

 

 そんな孫堅の猛将ぶりは『三国志演義』にも踏襲された。小説や漫画などで、彼は「江東の虎」の異名を得ている。

 

「孫堅がこのまま洛陽を攻め落としでもすれば、もうあなた(袁術)の命令は聞かないでしょう。狼(董卓)を追い払って虎(孫堅)を得たということになってしまいますぞ」(『江表伝』)

 

 このとき、孫堅は袁術(えんじゅつ)の支配下にあり、その兵を借りていた。あまりの快進撃を危険視する者が、袁術にそう耳打ちしたのだ。これを聞いた袁術は、懐のなかの「虎」に恐れをなし、孫堅への兵糧輸送を止めてしまったのだ。

 

『三国志演義』でも、これと同じような場面が描かれる。「孫堅は江東の猛虎です。もし彼が洛陽を落とせば、狼を除いて虎を得るも同然・・・」と、やはり袁術の側近が言っている。

 

呂布や許褚よりも先に虎に例えられていた

 

 正史『三国志』にも、曹操が呂布(りょふ)を捕縛したときに「虎を縛るのだから、きつくしないわけにはいくまい」と言う一幕がある。曹操の護衛をつとめた許褚(きょちょ)も「虎痴」(こち)の異名をとった。このように猛将は、しばしば虎に例えられたが、孫堅はその先駆者であった。

 

 また余談ながら中国大陸の東南部では、青龍(せいりゅう)・朱雀(すざく)・白虎(びゃっこ)・玄武(げんぶ)の「四神」が、すべて「虎」に置き換えられることがある。現代でも、福建省にはアモイ虎が生息し、特別に神聖視されている。江東地方(長江の南東部)の呉郡(現在の浙江省杭州市)を拠点とした孫堅が「虎」と呼ばれたことと、何やら関係がありそうに思える。

 

 そのように「猛虎」に例えられた孫堅だが、西暦191年(192年説も)、37歳で急逝した。劉表(りゅうひょう)軍との戦いのさなか、短騎偵察中のところへ敵兵が放った矢を受けたのである。敵を深追いして伏兵に遭ったとも、偵察中に頭上に石を落とされたともいう。いずれにしても猛虎の最期としては呆気ないかぎりだが、得てして人の生き死にとはそんなものであろう。

 

 その性急な死で、彼の配下にいた将兵ことごとく袁術の支配下に組み入れられ、江東の孫氏軍閥は消滅した。それでも後年、彼の息子の孫策(そんさく)、孫権(そんけん)が一大勢力を築けたのは「江東の猛虎」の威風と勇名が、当地に色濃く漂っていたがゆえであろう。

 

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上永哲矢うえなが てつや

歴史著述家・紀行作家。神奈川県出身。日本の歴史および「三国志」をはじめとする中国史の記事を多数手がけ、日本全国や中国各地や台湾の現地取材も精力的に行なう。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄)、『偉人たちの温泉通信簿』(秀和システム)、共著に『密教の聖地 高野山 その聖地に眠る偉人たち』(三栄)など。

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