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妖狐 玉藻前(たまものまえ)~鳥羽上皇の后に化けた狐の妖怪

「鬼滅の戦史」第8回

殷の紂王を虜にした妲己や天竺・摩訶陀国の斑足太子・華陽夫人だった狐

鳥羽上皇の后・藤原得子がモデルともされる玉藻前『大日本歴史錦繪』/国立国会図書館蔵

 この連載で登場した酒呑童子(しゅてんどうじ・第2回)を始め、大嶽丸おおたけまる・第3回)、滝夜叉姫(たきやしゃひめ・第7回)など、これまで紹介してきた鬼(妖怪)は、いずれも『鬼滅の刃』に登場する鬼同様、元は人間であった。しかし、今回紹介する玉藻前なる妖怪の元の姿は、何と狐。はじめての獣の妖怪の登場である。

 

 ちなみに、狐が人間に化けて悪事を働いたといえば、単なる子狐の騙し合いといった程度の説話を思い浮かべそうであるが、それは大間違い。そのスケールたるや、何とも空前絶後。幾千年もの昔から、時間と空間を飛び越えて様々な王朝簒奪(さんだつ)を企てたという、壮大な物語なのである。

 

 この説話が記されたのは、南北朝時代の年代記『神明鏡』や、南北朝から室町時代の説話をまとめた『御伽草子』などであるが、そこには周の幽王の后であった褒姒(ほうじ)の名まで登場するから驚く。狐が褒姒に化けて、王朝を滅させたというのである。後世には、殷の紂王(ちゅうおう)を虜にした妲己(だっき)や、天竺・摩訶陀国(まかだこく)の斑足太子(はんぞくたいし)の妃・華陽(かよう)夫人までもが、元はこの狐が化けたものとされるなど、スケールが時代の経過とともに拡大しているのも特徴的である。

 

 確かに、司馬遷によって編纂された中国の歴史書『史記』に登場する幽王は、反乱軍の手にかかって殺されたとされるが、褒姒は西域の犬戎に捕らえられたと記すだけで、その後の動向は不明である。これが、千数百年もの時を経て日本に渡り、またもや女に化けたと、後世の日本でまことしやかに語られているのだ。ただしその手立てが、吉備真備が唐からの帰国時に乗船した遣唐使船(734年または753年のことか)であったというのは、何とも胡散臭い。ありったけの歴史的人物の名を羅列したかのような作為ありありの記述は少々鼻につくが、物語としては、壮大で面白い。

 

しぶとく生きぬいて殺生岩に

 

 ともあれ、本題はここからである。8世紀の日本にやってきた妖狐が、その後どのような経緯を経たかは不明ながらも、伝承としては、12世紀の鳥羽上皇の時代に、化粧前の名で再度登場する。女官に扮していたとの説もあるが、見目麗しい女性だったことには変わりない。これが上皇の目にとまり、玉藻前と命名されて寵愛されたようである。

 

 ところが、程なく上皇は病に伏せるように。不審に思った陰陽師・安倍泰成(あべのやすなり)が占ったところ、玉藻前に化けた狐の仕業であることが判明。邪気を退散させる調伏の儀式を取り行って、退散させることに成功したのだとか。その後、上皇の病も回復したとのことである。

 

 この妖怪譚(ようかいだん)は、これだけでは終わらない。退治されたはずの妖狐(ようこ)が、今度は都から遠く離れた那須野に現れ、婦女子をさらうなどの悪事を働いたというのだ。この時は関東の三浦介義明(みうらのすけよしあき)や上総介広常(かずさのすけひろつね)も加わって攻撃を開始。一旦は矢を射られて絶命したかに思われたものの、殺生岩と呼ばれた石に化けて人々を苦しめている。ここで、高僧・源翁(げんのう)が登場して調伏。石を粉々に粉砕したことで、ついに妖狐も姿を表すこともなくなったというのだ。嘘か誠か、カナヅチのことをげんのうというのは、ここからきたものだとか。

 

鳥羽上皇の后・藤原得子がモデルとも

 

 この玉藻前物語、何とも空前絶後でいかにも作り話めいているが、これを単なる妖怪譚とみなすのは早計である。実はこの説話が人々の口の端に上るようになるにあたって、とある史実が下地になっていることを見逃してはならない。

 

 実は、上皇に見初められた玉藻前とは、史実としての上皇の后・藤原得子(ふじわらのとくし・美福門院)がモデルであったとみなされることがあるからだ。得子が上皇をそそのかして、摂関家の中心人物であった藤原忠実(ただざね)とその次男・頼長(よりなが)を陥れたことが下地になっているという。

 

 小松和彦氏の著書『日本妖怪異聞録』によれば、陥れられた忠実もまた「狐を祀った密教の秘法(外法)の茶吉尼天を修し」ていたというから、まさに史実としても、狐と狐の騙し合いであったことがわかる。この秘法がどのようなものであったのか定かではないが、上皇は程なく崩御。これが政敵の呪詛(じゅそ)によるものと巷で噂になっていたようである。この噂に尾ひれが付いて、いつの間にか玉藻前が狐であったという説話に仕立て上げられたと考えられるのだ。

 

 ちなみに、『鬼滅の刃』で狐のお面をかぶって登場するのは、宍色の髪の少年・錆兎(さびと)と少女・真菰(まこも)。ただし、2人とも鬼ではなく、炭治郎に剣技の稽古をつけた兄弟子と姉弟子である。錆兎の狐面に頰の傷が、真菰の狐面に可憐な花が描かれているのも特徴的だ。ただしこの両人、素性を炭治郎に明かすことはなかった。実は生身の人間ではなく、死者の霊だったというから、かの妖狐を彷彿とさせるものがありそう。その前世が、何とも気になるところである。

 

(次回に続く)

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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