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滝夜叉姫 ~ 父・平将門の恨みを晴らさんと、鬼となって謀反

鬼滅の戦史⑦

恨みを果たさんと丑の刻参りで鬼と化す娘

滝夜叉姫『奇術競』歌川豊国筆/国立国会図書館蔵

「恨みが募って鬼と化す」というのは、『鬼滅の刃』に登場する鬼たちばかりでなく、各地で語り継がれてきた伝承としての鬼にも、少なからず見られるものである。

 

 その代表格ともいうべきものが、平将門の娘と言い伝えられてきた五月姫(さつきひめ・実在したかどうかは不明)、鬼となった後の滝夜叉姫(たきやしゃひめ)である。父・平将門が天慶の乱(903年)に敗れて、一族が滅ぼされてしまった後、恨みを晴らさんと念じたことが、そもそもの始まりであった。

 

 舞台は京の都、鞍馬山の山峡に鎮座する貴船明神(きぶねみょうじん)の社である。ここは平安の世から、丑の刻(午前1時から3時頃)に参拝すれば心願が叶うと言い伝えられてきたところである。ところが、これが、いつの間にか恐ろしい呪詛(じゅそ)としての物語に変質。丑の刻に、社の御神木に藁人形を押し付けて七夜続けて五寸釘を打ち込めば、恨む相手を呪い殺すことさえできるとまで語られるようになったのである。五月姫が行ったのも、この呪詛であった。

 

頭に鉄輪をはめて藁人形に釘

 

 それにしても、その様相が何ともおぞましい。身にまとうのは白装束。頭上には、ロウソクを灯した鉄輪(五徳)が被せられている。恨みを込めて釘を打ち続ける彼女の形相までもが、凄まじいものであったことは想像に難くない。

 

 恨みの度合いがあまりにも強かったせいなのかどうかは不明ながらも、7日目の満願の夜、彼女自身が鬼と化してしまった。呪詛神として知られる荒御霊(あらみたま)から妖術を授かり、妖術使いの滝夜叉姫として生まれ変わったというのだ。

 

 こうして霊力を得た滝夜叉姫は、下総国相馬へと戻り、手下を集めて反旗を翻したという。妖術によって髑髏(どくろ)まで自在に操ることができたというから凄まじい。

 

 しかし、朝廷が派遣してきた陰陽師・大宅中将光圀(おおやのちゅうじょうみつくに)の方が、一枚上手であった。激闘の末、光圀が放ったとされる陰陽の秘術(物怪調伏「もののけちょうぶく」の修法のようなものか)によって、あっけなく成敗されたとのことである。

滝夜叉姫『大日本歴史錦繪』/国立国会図書館蔵

 ちなみに『鬼滅の刃』では、妓夫太郎(ぎゅうたろう)と堕姫(だき)の兄妹コンビの鬼が登場するが、滝夜叉姫の場合は、弟・良門が姉と共に妖術を得て、戦いに加わったと伝えられることもある。この姉弟を討ち取ったのが源頼光の臣下で、剛勇として名高い渡辺綱(わたなべのつな)であったとの説も。また、妖術を授けたのがヒキガエルの精霊・肉芝仙人であった等々、伝承も多岐にわたっている点も興味深い。

 

奥州に逃れて尼になったとも

 

 それにしても、滝夜叉姫こと五月姫は、なぜここまで恨みを募らせたのだろうか。父・将門が新皇と称して王朝簒奪(さんだつ)を企てたのだから、成敗されて当然。ことの重大さから鑑みれば、獄門にかけられても文句の言えない状況であった。

 

 ところが、将門本人にしてみれば、単なる一族内の抗争に関わっていただけのつもりが、いつの間にか、自身が朝廷に反旗を翻したことにされてしまって驚いたのではないだろうか。一族の抗争がこじれて、関東諸国を巻き込む騒乱に発展。国府を襲ったというのも、元はといえば新たに赴任してきた国守と不和となったのが発端であった。税を納めなかったとして追捕令が出ていた土豪・藤原玄明(ふじわらのはるあき)を匿ったことがきっかけで、戦いを挑んできた国守にやむなく抵抗しただけであった。新皇を名乗ったのも、行きがかり上、仕方がなかったのだろう。むしろ、陥れられたとの思いがあったとも考えられそうだ。不本意にも朝敵とされたまま、最後は討伐軍の放った矢が額に命中して討死。首が撥ねられ、平安京へと運ばれて、晒し首にされてしまったのである。その経緯と父の無念を知っていたからこそ、五月姫もまた、恨みを募らせたのである。

 

 ちなみに、滝夜叉姫は死の間際に改心して昇天したとも伝えられている。『鬼滅の刃』でも、手鬼(ておに)や響凱(きょうがい)が、炭治郎との戦いに敗れて消滅する間際、人間だった頃のことを思い出して、涙を流しながら消えていったとされたものだ。

 

 また、成敗されず、奥州に逃れて改心し、尼として暮らし続けたと伝えられることもある。福島県耶麻郡磐梯町(恵日寺)やいわき市四倉町(恵日寺)、秋田県田沢町(姫塚)、茨城県つくば市松原(東福寺近く)に滝夜叉姫の墓碑などが見られるというのがその現れである。磐梯町では、如蔵尼(にょぞうに)の名も刻まれているが、これが彼女自身の後の名なのか、妹の名なのか定かではない。

 

(次回に続く)

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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