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温羅(うら)~鬼と見なされた吉備一族の首領

「鬼滅の戦史」第4回

有名な桃太郎伝説のネタ元とは?

幕末の浮世絵師・月岡芳年が描いた『あづまにしきゑ』(国立国会図書館蔵)中の「桃太郎鬼ケ島行」

 桃の実から生まれた桃太郎が、犬や雉(きじ)、猿を連れて鬼ヶ島に鬼退治に行く…というのは、日本人なら誰もが、子供の頃からよく耳に馴染んできたおとぎ話である。鬼とは勿論、村人を困らせていた悪者。大きな鉄棒を振り回して暴れまわる鬼に、桃太郎がゲンコツ一発食らわせて、あっけなく退治。胸の内がスカッとするお話なのである。

 

 勧善懲悪の際たるものであるが、気になるのが最後のくだり。鬼が降参した後、何と桃太郎自身が、鬼から荷車に積みきれないほどの宝物を与えられて(つまりは、せしめて)帰還したというのだ。山ほど宝物を手にして「みんなで幸せに暮らしました」と締め括るところなど、何とも純な心を踏みにじられたような気がして納得いかないのである。

 

 うがった見方をすれば、そこには「何か作為がある」はずと、疑ってしまうのだ。何らかの意図をもって語られたもの、あるいは史実が元にあって、それを誰かがおとぎ話風に構成し直したのではないか?と思えてならないのだ。

 

桃太郎と温羅の関係

 

 ちなみにこの話にネタ元があったことは、よく知られるところである。吉備(きび・岡山県)に伝わる温羅(うら)伝説がそれ。温羅とは百済(くだら)の王子で、吉備へとやってきて一帯を支配した一大勢力の首領であった。身丈は1丈4尺(約4.2メートル)もあったというから、相当な巨漢である。頭髪は燃えるように赤く、眼は虎狼のごとき鋭さであったというからおぞましい。それが、都に送る貢物や婦女子を略奪するなど、悪行を働いていたという。

 

 崇神(すじん)天皇がこれを苦慮して派遣したのが、四道(しどう)将軍の一人、五十狭芹彦命(いさせりひこのみこと・後の吉備津彦命・きびつひこのみこと)であった。吉備に将軍を派遣したというくだりは、『古事記』にも記されるところである。

 

 ともあれ、吉備へとたどり着いた命が本陣を構えたのが、現吉備津神社あたりであったとか。ここから、温羅が拠点とする鬼ノ城めがけて矢を放ったという。2本の矢を同時に放って、うち1本が温羅の目に命中。すると、温羅は雉に化けて逃走。命も負けじと鷹に変じて追いかけるなど、両者とも変化の術に長けていたようである。ここで、命が温羅を捕らえて犬に食わせようとしたものの、今度は鯉となって、また逃げられてしまった。ならばと、命も鵜に変じて捕獲。ようやく首を刎ねることができた。

 

 ただしその首は、地中深く埋められたものの、13年間も唸り続けたとか。温羅の妻・阿曽媛(あぞめ)に神事を執り行わせてようやく唸りが静まった…というのが、温羅伝説の大筋である。

 

 もうお分かりだろうが、ここに登場する五十狭芹彦命こと吉備津彦命こそ、桃太郎のモデルだったことはいうまでもない。温羅とは勿論、退治される側の鬼である。桃太郎の家来の犬や雉まで、都合よく登場しているのもミソである。

 

狗奴国を邪馬台国が征したことが温羅伝説の元?

 

岡山県総社市の鬼城山にある、鬼ノ城跡。

 ところがこの伝説、単なる作り話かと思ったら大間違い。実は、史実としての吉備領域内での東西の抗争、およびヤマト王権と吉備国の対決を物語っていると考えられるからである。

 

 舞台となった史実としての鬼ノ城とは、「白村江の戦い」(663年)の敗戦後、百済からの亡命者の指導のもと、国土防衛を目的として築かれた朝鮮式山城であったということはご存知の通り。主に総社(そうじゃ)市などを中心として広がる領域であるが、この辺りから西一帯を支配していたのが、吉備氏族の中でも下道臣(しもつみちのおみ、祖=稚武彦命・わかたけひこのみこと)と呼ばれる一族であった。

 

 対して、その東の岡山市一帯を拠点としていたのが上道臣(かみつみちのおみ、祖=吉備津彦命)である。上道臣は雄略(ゆうりゃく)天皇の御代以降、ヤマト王権に隷属するようになったものの、下道臣は依然、王権にまつろわぬ勢力のままであった。この王権の後押しを得た東部の上道臣の始祖とされるのが吉備津彦であるが、その後、後裔(こうえい)が西部の下道臣領域内に攻め込んだことこそが、温羅伝説および、おとぎ話桃太郎の元となったのではないか? そんな風に推測することもできるのである。

 

 これは、『桃太郎と邪馬台国』(講談社現代新書)を著した前田晴人氏の掲げる説を元に構成し直したものであるが、同氏によれば、おとぎ話桃太郎に登場する犬、雉(鳥)、猿が、西方を示す戌、酉、申のことを示しているのではないかとも指摘する。確かに吉備は、ヤマトから見れば西方である。

 

 また、吉備津彦の家来として、犬飼県主、鳥飼臣、猿女君といった豪族がいたとして、これが、犬、鳥、猿として語られたとの説を掲げる識者がいることも記しておきたい。

 

 さらに興味深いのは、時代を遡った3世紀の事象までもが、これらの鬼退治物語に投影されているのではないかとの説である。前田氏によれば、ヤマト王権の前身が邪馬台国で、吉備国の前身が狗奴国(くぬのくに)であったという。狗奴国が邪馬台国と抗争を続けていたことは、「魏志倭人伝」にも詳しく記されているところであるが、その狗奴国を鬼に見立て、これを退治したのが邪馬台国、つまりヤマト王権の前身であるという説だ。

 

 もちろん、異論が少なくないことはいうまでもないが、狗奴国と邪馬台国の関係が、吉備国とヤマト王権の関係に極めて近似していることは見逃せない。再検証の上、その関連性が証明されることを願うばかりである。ともあれ、以上の観点から、王権側の手なる者が、自らの権威の象徴として、この物語を作り上げたのではないかと見なすことができるのである。

 

 ちなみに、温羅が拠点としていた鬼ノ城は、『鬼滅の刃』に登場する無限城を彷彿とするものがある。最終決戦における無惨と鬼滅隊の壮絶な戦いぶりは、ともに変化の術を駆使して戦い続けた温羅と吉備津彦にイメージを重ねることもできそうだ。ならば、史跡としての鬼ノ城も、遠からず鬼滅ファンが押し寄せるのではないか? そんな気がしてならないのである。

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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