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天狗~僧侶や武将にまでやっつけられる滑稽さ

「鬼滅の戦史」第6回

天狗は天台宗普及のための宣伝材料だった⁉

 

「虎の門琴平神社 出生天狗大天狗の鼻ねぢらんとす」月岡芳年筆/都立中央図書館蔵

 鬼とは、「人を襲って食らうもの」。

 

 『鬼滅の刃』に登場するすべての鬼がそうであるように、伝承として語られる鬼もまた、等しく人を食うものと思われることが多いようである。しかし、実は、「人を食わない鬼」もいる。それが、今回紹介する天狗である。

 

 鼻が高くて赤ら顔。山伏(やまぶし)の出で立ちで、一本歯の高下駄を履く…という奇怪な姿でありながらも、ついぞ人を食ったという話は聞かない。そればかりか、僧侶を騙してやろうとちょっかいを出したものの、大抵の場合、逆にとっちめられるというのがお決まりであった。その意味では、かなり滑稽な存在として語られることが多いのだ。

 

 それはなぜか? 実のところ、天狗とは、仏教、それも主として天台宗の普及のための宣伝材料として利用されてきたと思われるふしがあるからである。

 

 ともあれ、天狗の説話が数多く記された『今昔物語集』から見て見ることにしよう。巻20の1話から12話までが天狗譚である。

 

天狗の鼻は高くなかった?!

 

 まずは、天竺(インド)から震旦(中国)を経て、日本へと飛来してきた天狗の話から始まる。続く第2話が面白い。震旦の天狗(智羅永寿・ちらようじゅ、後の是害坊・ぜがいぼう)が比叡山(天台宗の総本山)へとやってきて、台密(天台宗に伝わる密教)の名僧を意のままに操ってやろうと目論んだものの、逆にコテンパンにやっつけられてしまうというお話である。

 

 覗き見る日本の天狗にもカッコイイところを見せてやろうとしたものの、かえって無様な姿を晒し、見事なまでに鼻をへし折られてしまうのである。日本に渡来した仏法が、妖怪ごときに惑わされぬものであるということを誇示するばかりか、その本家ともいうべき中国よりも隆盛していることを暗に示そうとしたようにも思えるのだ。

 

 ちなみに、ここに登場する天狗の元の姿は鵄(トビ)である。人々の前に姿を表す時は、大抵、僧侶か童子、あるいは妖艶な美女に変身している。この説話を元にして描かれた『是害坊絵巻』に登場する天狗にも長い鼻はなく、顔は鳥そのもの。くちばしと大きな羽を持つというのが特徴的であった。

 

 長い鼻を持つように語られるようになったのがいつ頃からか定かではないが、おそらく、中世もかなり後期になってからのことではないだろうか。頭に小さな頭襟を乗せ、袈裟の上から法衣を纒うという出で立ちから、山伏のことを暗に示していたことは間違いない。その山伏とは、本来、深山幽谷に分け入って験力を得ようとする行者のことで、天台宗本山派や真言宗当山派などに属す者が多かったようである。

 

 ところが、この中には激しい修行を積んだことを鼻にかけて、験力を得たと慢心する輩も少なくなかったのだろう。しかし、それは仏道修行の観点からすれば、最も慎むべきものであることはいうまでもない。慢心する者を異端とみなして制裁を加えようというのが、天狗退治物語の主眼ではなかったか? これはあくまでも筆者の想像でしかないが、そんな気がしてならないのである。

 

「鼻が高い」というのが「得意になって自慢する」という意味に捉えられるようになったのがいつからかは不明ながらも、17世紀の思想家・パスカルも「クレオパトラの鼻」について語っているところから鑑みれば、古今東西を問わぬ見解だったのだろう。この慣用句になぞらえて、それまでくちばしとして描かれていた天狗の鼻も高々と描くようになり、自重せよとの意を込めたとのではないか、と思えるのだ。

 

小早川隆景の天狗問答

 

 最後に、豊臣秀吉が天下統一を果たした安土桃山時代の天狗にまつわる説話を一つ。それは、僧侶ばかりか、戦国武将にまで問答に敗れてすごすごと退散してしまう天狗のお話である。武将とは、中国地方を征した毛利元就の三男・小早川隆景(たかかげ)。秀吉に仕えて五大老にまで上り詰めた名将である。

「小早川隆景彦山ノ天狗問答之図」月岡芳年筆/都立中央図書館蔵

 朝鮮半島への出兵(文禄の役)を前に、隆景が秀吉に造船を命じられ、英彦山の樹木を切り出そうとしたときのことである。その山に住んでいた大天狗・豊前坊(ぶぜんぼう)が、伐採に異議を申し立てたものの、隆景が言い放ったひと言で、すごすごと引き下がるという天狗の様相が語り継がれている。そのひと言というのが、「普天の元、王地にあらずということなし」(普天卒土。この世で王の土地でないところはない)の文言であった。

 

 これは元々、『詩経』に記された一文であるが、ここでは「秀吉様の命とは、つまるところ天皇(王)の命である。それに背くつもりか!」との意が込められて語られたことはいうまでもない。天皇の威を借りた秀吉の権勢には、天狗ごときは足元にも及ばないとでも言いたかったのだろうか。ここでは仏法ならぬ、秀吉の威光を高めるための宣伝材料として、天狗の名が利用されたのである。

 

 ちなみに、『鬼滅の刃』では、炭治郎の剣の師匠・鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)が天狗のお面をかぶって登場する。弟子には、厄除け用としてのお面を贈っているが、なぜ天狗のお面を贈らなかったのだろうか? 天狗の威力などあてにできない…とでも思ったのかどうか。これは謎である。

 

(次回に続く)

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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