アメリカが急いだ憲法改正と「憲法9条」を考える伊藤俊也監督の最新作『日本独立』【後編】
歴史を楽しむ「映画の時間」第4回

©2020「日本独立」製作委員会
――その滝川事件をモデルにした『悲の器』の企画、今後もし映画化がなれば、『プライド 運命の瞬間』『日本独立』へと続く監督の志向性がより明確になるのではないですか。
つまり、原作者の高橋和巳は左翼寄りの作家ですから、それを撮りたいとおっしゃっている監督が『プライド 運命の瞬間』で過激な右翼思想の人のように批判を受けるというのは自ずとおかしくなる。あらためて、監督がそのどちらの側にも与せず、冷静に中庸的な立場で物事を見つめていることが明白になります。
伊藤 私などは、かつて『プライド 運命の瞬間』のとき「左から右への転向」と云われました。私は「左とか右とかごみの分別にも劣る」と言い返しましたがね。ただ、『プライド 運命の瞬間』であげつらわれたのは、1960年に東映へ入って以来の行動も関係していたところがあるのかもしれません。
昔、『大泉スタヂオ通信』というタブロイド判の月刊誌を2年ほど発刊していたことがあるんです。他の撮影所の人たちも含めて800人の購読者を誇っていました。後の1978年に、それをまとめた『幻の「スタヂオ通信」へ』(れんが書房新社刊)という本も作って、当時の現在否定の若い編集者には歓迎されたわけですけど。
その一方で、対会社ということでは私は労働組合の激しい闘士でもあって、そういう記憶がある人間からすると「あの『スタヂオ通信』を作っていた伊藤がなぜ『プライド 運命の瞬間』みたいな映画を作るんだ」となったわけです。
――世代的にも、監督はある種の左翼思想が流行した時代を生きてこられたわけですけれど、中道的といいますか、まったく思想的偏りを持たれなかったというのは、それはそれで興味深いことですね。
伊藤 でも、中道でもないと思いますよ。ただ、確かに、あの当時、過激な左に皆、染まっていましたね。私の大学時代の友人も、有名な法政大学の内ゲバ事件でやられたりしていましたしね。
僕なんかがそういうところの中にまで入っていけなかったのは、どうしても何かひとつのことに徹すると無理が出てくるのがわかっていたからでしょうか。バランスが崩れるし、その崩れたところが目についたからでしょうね。たとえば、最初からどこの党派に入ろうとか、そういう気になれなかったのは、組織のありように偏頗(へんぱ)なものが見えたからですよ。
あと、私が思想に染まらなかった原因で考えられるのは、大学(東京大学文学部)に入って1年間は映画を見まくっていたということもあるように思います。
白洲次郎がGHQにこぼした愚痴「「浴びたけりゃ浴びてみろよ、放射能を」

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――今回の『日本独立』もそういった客観性の中で作られていると思いますが、個々の登場人物が口にする台詞には監督の特別な思いもにじんでいるような気もしています。たとえば、会議の合間に庭先で太陽を浴びて「原子エネルギーは温かい」などと歓談しているGHQの人間に対して白洲次郎(浅野忠信)は「浴びたけりゃ浴びてみろよ、放射能を」みたいな愚痴をこぼします。また、吉田茂(小林薫)には「新憲法 棚のだるまも 赤面し」という川柳の台詞も用意されました。
伊藤 白州は白州なりに屈辱感を抱えていたでしょうし、吉田茂もリアリストです。成り行きとして仕方がないと思いつつ、吐き捨てたい愚痴もあったでしょう。それをそのまま愚痴にせず、川柳にしたわけですけど。そういうことは人間、日常生活ではあると思いますよ。
――そういう素直な人間味がきちんと加味されているところが、この『日本独立』という映画の豊かな部分でもあると思います。映画の最後の方では永井荷風の日記の文面も引用されていました。
伊藤 もともと有名な言葉ではあるんですけどね。永井荷風の日記を読むと、どういうところから仕入れていたのかわからないけれど、非常に情報通であったことがわかるんです。空襲が近づいてくることも知っていたみたいで。
とはいえ、空襲にやられちゃうんですけどね。映画に出てくる荷風の日記は本物です。保存してある書庫まで撮りに行きました。
――永井荷風が新憲法施行をめぐる世間の熱狂に対して記した「笑うべし」という一言が、伊藤俊也監督ご自身の思いや立場を代弁しているような気がしました。
伊藤 まあ、そうですね。うまいこと、いきましたかね(笑)。
「第9条を守れ」!? そして、日本は今、独立しているのだろうか?

齢80を超えてなお、問題意識にかげりがない伊藤監督。
――この映画、観客への問いかけの部分も大きいでしょうか。日本は独立していると思いますか、と。
伊藤 アイロニーも含まれていますけどね。そういうものを含んでくれるタイトルだからいいんじゃないかなって思います。とにかく、第9条をどういうふうに受け止めているのか、ですね。その意味を問い直してほしいというのはあります。
いつも言っていることですけど、「第9条を守れ」というのと「辺野古の基地反対」みたいなことがよく並列されて叫ばれていますが、これほどの矛盾はありません。このふたつを並べている神経がわからない。第9条があるからアメリカの基地が存在するわけで、「基地をなくせ」というのであれば、第9条を直さなければならない。
この自己矛盾には気づいてほしいと思っています。
【映画情報】
TOHOシネマズ・シャンテにて公開中
『日本独立』
監督・脚本/伊藤俊也 出演/浅野忠信、宮沢りえ、小林薫ほか。
製作年/2020年 製作国/日本
公式サイト https://nippon-dokuritsu.com
<監督プロフィール>
伊藤俊也(いとう・しゅんや)
1937年生まれ。東京大学文学部卒業後、1960年に東映に入社し、『女囚701号 さそり』(1972)で商業長編映画監督デビュー。その大ヒットを受けて2本のシリーズ作品『女囚さそり 第41号雑居房』(1972)、『女囚さそり けもの部屋』(1973)も成功させた後、『犬神の死霊(たたり)』(1977)、モントリオール世界映画祭審査員賞を受賞した『誘拐報道』(1982)、『白蛇抄』(1983)、日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞の『花いちもんめ』(1985)や『花園の迷宮』(1988)、『風の又三郎 ガラスのマント』(1989)を製作。1998年の『プライド 運命の瞬間(とき)』は社会的話題を集める。その後も、『映画監督って何だ!』(2006)、そして三億円強奪事件を追った『ロストクライム –閃光–』(2010)、『始まりも終わりもない』(2014)などと多岐にわたる作品を次々に監督。
賀来タクト(かく・たくと)
文筆家。1966年生まれ。愛知県出身。企画協力・監修ムックに『オールタイム・ベスト 映画遺産 映画音楽篇』(前島秀国と共同/キネマ旬報社)、執筆参加書籍に『映画音楽 200CD スコア・サントラを聴く』(立風書房)など。映画音楽コンサート〈ジェリー・ゴールドスミス in JAPAN〉(1998/2000/2002)では企画・パブリシティー協力。現在、『キネマ旬報』誌において『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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