アメリカが急いだ憲法改正と「憲法9条」を考える伊藤俊也監督の最新作『日本独立』【後編】
歴史を楽しむ「映画の時間」第4回
東條英機の『プライド 運命の瞬間』の後、すぐに取り掛かった日本国憲法の映画

©2020「日本独立」製作委員会
1998年に東條英機(とうじょう・ひでき)を主人公に東京裁判を見つめた『プライド 運命の瞬間(とき)』を発表し、賛否両論を巻き起こした伊藤俊也監督。『日本独立』は戦後日本の「内幕」を追った続編的、もしくは姉妹編的な意味合いを持った映画だ。齢80を超えて、問題意識にかげりはなく、それどころか、ますますの気骨をもって現代社会に通じる歴史的見解のゆがみ、誤解を撃ち抜いた作品に、伊藤俊也という映画作家の深淵をのぞき見る思いがする。
今回は、伊藤監督へのインタビュー全2回の<後編>を紹介。監督が、映画に込めた憲法への熱い思いとは?
映画『日本独立』(2020)は、太平洋戦争直後の新しい日本国憲法成立の裏舞台を追った作品である。当時の外務大臣・吉田茂(よしだ・しげる)と、吉田に依頼されてGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)との交渉役を任じた白洲次郎をリーディング・キャラクターに置き、ソ連の介入を恐れたアメリカがいかに憲法改正を急ぎ、日本をアメリカの配下的な立場に置こうとしたのか。その緊迫の数ヶ月が史実をもとに冷徹なまなざしを持って描かれていく。
白洲次郎(しらす・じろう)役に浅野忠信、吉田茂に小林薫、白洲の妻・正子に宮沢りえ。そのほか、国務大臣・松本烝治(まつもと・じょうじ)に柄本明、内閣総理大臣・幣原喜重郎(しではら・きじゅうろう)に石橋蓮司、元内閣総理大臣・近衛文麿(このえ・ふみまろ)役に松重豊、元戦艦大和乗務員・吉田満(よしだ・みつる)に渡辺大、そしてその母・ツナに浅田美代子と、俳優陣にはそうそうたる面子がそろった。
――新憲法をテーマにした『日本独立』のシナリオを作る際の準備は大変ではなかったですか。
伊藤 それほどでもなかったかな。東京裁判の資料を読むのと比べればね。少し前に小林正樹監督の『東京裁判』(1983)というドキュメンタリーがリバイバル公開されていたでしょう。そのときに声がかかって『東京裁判』の監督補をやられた小笠原清さんと一緒にトークイベントに出ました。
そのとき、私としては小林さんの『東京裁判』は構想が大変雄大で、戦後の社会の動きまでとらえようとしているところはよいかもしれないけれど、ドキュメンタリーというには解釈先行ではないかと。そういうことを失礼ながら言いましたけど、記録映像に関しては小林さん、うらやましいほど使っていますね(笑)。今なんて、ちょっと使うだけでも(使用料が)高いんですから。
『日本独立』でも戦艦ミズーリの上での調印式の映像を使いましたけど、あの程度でもずいぶん高かった。スタッフは値段の安いところを頑張って探して集めてくれたと思うんですけれど。今は、記録映像は非常に使いにくいです。
――東京裁判、憲法改正という題材を扱ってこられた今、この一連の問題に対してやりきった感じはあるのでしょうか。
伊藤 私の場合、昔からそうですけど、ひとつの映画を撮ったら、それとは180度違う作品を撮りたくなる人間ですから。その意味では、一区切りはできた感じはありますね。
――『プライド 運命の瞬間』と『日本独立』には連作の気分もありますから、監督としては珍しいケースといえますね。
伊藤 これだけは仕方がないと思っていました。今の時代を考えるなら、戦前のもの、戦前の本当の根っこを描くべきなのかもしれません。大正デモクラシーが終わる頃くらいから、昭和10年前後の5・15事件、2・26事件、滝川事件を含む思想弾圧の歴史、そして戦争に突入していく時代……そういったものに興味がないわけではないですね。
特に、滝川事件から戦後に至る時代を背景にしたひとりの男の転落の物語。これについては1970年代に書いてそのまま大事にしているホンがあります。高橋和巳の『悲の器』(1962年発表)を脚色したものなんですけどね。戦前、戦中、戦後にわたる話です。
出演料の保証もないのに、ホンだけで出演したいという声が出ましてね。主人公に緒形拳、大変な役回りの女性役に左幸子、主人公の病に伏せる妻に藤村志保、主人公の弟に伊丹十三、主人公の新しい婚約者に藤真利子……。本郷のとある宿で読み合わせまでしましたが、実現には至らないまま……。その後、緒形さんも左幸子さんも亡くなってしまいました。今なお、残念です。
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