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Ifの信長史 第12回~信長が確立した政権機構と政策~

世界に先駆けた貿易国家への途

その後、天下を継いだのはいかなるものだったのか?

泰平の世を作る安土城 CG作成/成瀬京司

 人々はここにようやく将来への期待を持てるようになった。銃火器がなく、60余州ことごとくが巨大な外洋船を仕立てて貿易にいそしむという国家像は、この時代、世界のどこにも存在しない。そうした意味においては、信長は、一大革命を成し遂げたといっていい。

 

 しかし、港の開拓や関所の撤廃など、経済的かつ社会的な改革は行ったが、政治面においては、織田家の独裁政権だった。ただし、信長の頭を悩ませたものがひとつだけある。足利義昭は隠居に追い込んだものの、皇室の扱いが極めて厄介だった。信長は神社仏閣などの宗教と同じく、皇室を政治から完全に切り離すことで、自身の政権に支障をきたさないように仕向けた。

 

 が、天正20年(1592)に始まったこの時代は、文禄5年(1596)において唐突に終わった。信長の死である。

 

「あの花見が、最後の花見であったやもしれぬ」

 

 吉野の花見のことである。軍事力も兼ね備えた者でいえば、信長は、家康と秀吉のほかに東北の上杉景勝、関東の滝川一益、東海の柴田勝家、北陸の前田利家、山陽の宇喜多秀家、山陰の毛利輝元、四国の長宗我部盛親、九州の島津義弘といった8人の長官を任命していた。この10人からなる老職を吉野に集め、共に花見を行ったのだが、もしかしたら、かのときが信長の人生において最高の瞬間だったかもしれない。

 

 翌年、関白職を継いでいた信忠がにわかに病を発し、数日後に死去した。信長は狂乱せんばかりに悲しみ、そのまま床に就き、孫の秀信に後事を託して大坂城を離れ、直子の待つ京の本能寺に隠遁した。 

 

 信長も人である以上、寿命がある。

 

 信長の死後、台頭したのは家康である。天下は家康が継いだ。

 

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秋月逹郎あきづき たつろう

作家。歴史小説をはじめ、探偵小説から幻想小説と分野は多岐にわたる。主な作品に『信長海王伝』シリーズ(歴史群像新書)、『京都丸竹夷殺人物語: 民俗学者 竹之内春彦の事件簿』(新潮文庫)、『真田幸村の生涯』(PHP研究所)、『海の翼』(新人物文庫)、『マルタの碑―日本海軍地中海を制す』(祥伝社文庫)など

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