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小谷城攻め1570〜73年<その1>~戦国最大級の山城を攻略した信長の戦略

戦国武将の城攻め【解体新書】#009

朝倉氏、京極氏、寺社勢力等と協力して小谷山の守備力を強化

標高400mの小谷山東尾根に築かれた要塞・小谷城のCG/成瀬京司

 永禄3年(1560)、桶狭間で今川義元を屠った織田信長は、尾張全土を平定し、翌年には美濃への侵攻を開始する。美濃平定は永禄10年(1567)に完了するが、その間、信長は隣国である北近江の浅井氏との同盟を進め、美濃平定と相前後し、この同盟を成就させた。

 

 定説では、「浅井氏の同盟国である越前朝倉氏を攻めない」というのが、この時の同盟条件であったという。

 

 永禄11年(1568)、信長は足利義昭を奉じて上洛を果たす。

 

 ところが元亀元年(1570)4月、3万の軍勢を率い、北進を開始、朝倉領越前国に乱入する。

 

 この侵攻作戦は、長政への相談なしに行われたらしく、長政は去就に迷った末、信長に反旗を翻した。

 

 越前侵攻中に背後の江北を押さえられた信長は、袋の鼠となる。しかし若狭街道という琵琶湖西岸の山道を使い、何とか京都に帰還した。

 

 長政の裏切りに激怒した信長の反撃が始まった。

 

 まず信長は調略を使い、浅井方の支城を守る寄子国衆を次々と降し、浅井氏の本拠・小谷城を包囲した。

(次回に続く)

 

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伊東 潤(いとう じゅん)
伊東 潤いとう じゅん

1960年生まれ。2012年『城を嚙ませた男』13年『国を蹴った男』で直木賞候補。『黒南風の海』で「本屋が選ぶ時代小説大賞2011」を受賞。著作に『叛鬼』『義烈千秋』『武田家滅亡』『戦国鬼譚 惨』など。利休の内面と死の真実挑んだ最新刊「茶聖」(幻冬舎)が2020年2月20日発売!

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