MiG21そっくりの大柄な迎撃戦闘機【スホーイSu-9フィッシュポット】
超音速時代の到来~第2世代ジェット戦闘機の登場と発展~【第23回】
第2次世界大戦末期から実用化が推進された第1世代ジェット戦闘機は、朝鮮戦争という実戦を経験して完成の域に達した。そして研究はさらに進められ、亜音速で飛行する第1世代ジェット戦闘機を凌駕する超音速飛行が可能な機体が1950年代末に登場。第2世代ジェット戦闘機と称されて、超音速時代の幕が切って落とされた。前シリーズに続いて本シリーズでは、初期の超音速ジェット戦闘機(第2世代ジェット戦闘機)について俯瞰してゆく。

出撃前の点検を終えたソ連防空軍所属のスホーイSu-9フィッシュポットと、離陸前に最終的な打ち合わせをする同機のパイロットたち。
1940年代末から1950年代前半、世界の軍事航空界はジェット軍用機の開発と実用化に躍起となっていたが、これはソ連も同様であった。特に同国は、第二次世界大戦の終結によってアメリカやイギリスといった西側諸国との対立、いわゆる東西冷戦に突入しており、社会主義下のノルマ達成主義の影響で、遮二無二ジェット軍用機の開発と実用化が進められていた。
ソ連では、戦中にドイツにおいて研究が進んでいた後退翼の技術を敗戦時に同国から入手。戦後しばらくの間は、それをベースにしてMiG-15ファゴット、MiG-17フレスコ、 MiG-19ファーマー、そしてSu-7フィッターというように、ジェット戦闘機の性能向上を図ってきた。
しかし1950年代に入ると、後退翼とデルタ翼の優劣の問題が浮上。水平尾翼なしのデルタ翼ではなく、後退翼の水平尾翼とデルタ主翼を組み合わせた設計のMiG-21フィッシュベッドの成功に基づき、同機と同様に機首にエア・インテークとショックコーンを設け、後退翼の水平尾翼とデルタ主翼を備えた機体の設計が、スホーイ設計局の手で進められることになった。
考えようによっては、MiG-21の大型化とも思える機体だったが、ミグ設計局は前線向けの小型格闘戦闘機としての性格が強い同機の生産と性能向上改修に手一杯だったこともあり、このやや大型の機体は、迎撃戦闘機の位置付けで、スホーイ設計局の「仕事」とされたのである。
スホーイ設計局の前作であるSu-7は、後退翼の主翼を備えていたが、乱暴な言い方をすれば、同機の主翼をデルタ翼に変更したのがSu-9である。そのため、両機の関係を「姉妹機」と称する資料もある。
かくして迎撃戦闘機として完成したSu-9には、漁具の「ビンドウ」を意味するフィッシュポットというNATOコードネームが付与された。一方、MiG-21には同じフィッシュの頭文字で始まる、漁業に関係した「魚礁」を意味するフィッシュベッドのNATOコードネームが付けられたが、このふたつのNATOコードネームは、両機種の外観の類似性による関連付けが織り込まれての命名ともいわれる。
なお、Su-9は迎撃戦闘機なのでソ連空軍以外に装備した国はなく、1970年代に第一線部隊の多くから引き揚げられた。