航空自衛隊も発展型を採用しかけた艦上軽戦闘機【グラマンF-11タイガー】
超音速時代の到来~第2世代ジェット戦闘機の登場と発展~【第21回】
第2次世界大戦末期から実用化が推進された第1世代ジェット戦闘機は、朝鮮戦争という実戦を経験して完成の域に達した。そして研究はさらに進められ、亜音速で飛行する第1世代ジェット戦闘機を凌駕する超音速飛行が可能な機体が1950年代末に登場。第2世代ジェット戦闘機と称されて、超音速時代の幕が切って落とされた。前シリーズに続いて本シリーズでは、初期の超音速ジェット戦闘機(第2世代ジェット戦闘機)について俯瞰してゆく。

飛行中のアメリカ海軍アクロバット飛行チーム「ブルーエンジェルス」のグラマンF11タイガー。同チームは1957年から1969年まで本機を使用していた。
世界の戦闘機は、ジェット・エンジンの導入に始まり後退翼の採用を経て、超音速化への途を歩んでいた。かような流れのなかで、アメリカ海軍は朝鮮戦争で活躍した直線翼のジェット戦闘機F9Fパンサーの発展型であるF9F-6クーガーで後退翼機を得ると、次に超音速艦上戦闘機を求めることにした。
そこで、長らく海軍機を手がけてきたグラマン社に対して、その開発が発注された。求められたのは、超音速飛行が可能で運動性能に優れた軽戦闘機であった。単発と双発の違いや開発された時期の違いはあるものの、機体の方向性としては、のちに海軍の護衛空母向けとして提案されたノースロップN-156(F-5フリーダムファイターの原型)に類似した部分も少なくない。
1954年7月30日に初飛行したF11は、要求通り運動性能に優れた軽戦闘機に仕上がったものの、最大速度はごくわずか音速に届かなかった。しかしその後、海軍は超音速で全天候型、さらに空戦だけでなく対地攻撃も可能な汎用戦闘機(戦闘爆撃機)へとそのニーズを移行させたことに加えて、もともと本機はヴォート社のF8Uクルセーダーに対する「保険」として開発が進められた面もあり、この両方の理由から、生産機数は約200機に留まった。
実は日本では、ノースアメリカンF-86セイバー戦闘機の後継機選定である第1次FXに際して、本機の発展改良型であるグラマン社社内名称G.98J-11がいったん採用された。しかし採用に際して汚職が疑われたことやG.98J-11の実機が存在していないことから、決定は白紙化され、改めてロッキードF-104スターファイターの航空自衛隊向けであるF-104Jが採用され、「栄光」の日本語愛称を付与された。
また、既述のごとく運動性能に優れていたことから、F11は一時期、アメリカ海軍アクロバット飛行チーム「ブルーエンジェルス」の使用機に選ばれ、日本でも1961年に放送されたアメリカ製TVドラマ「ジェット・パイロット(原題は「The Blue Angels」)」中に本機の雄姿を見ることができた。