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幽霊に誘われた侍が見たものとは? 江戸で起きた奇妙な物語の切ない結末

世にも不思議な江戸時代⑩


ある日、ひとりの侍が、見知らぬ武士に「ついてこい」と言われ、着いた先は立派な屋敷だった。そこで待っていると、家人たちに「なぜここにいるのか」と問われた。


 

■見知らぬ武士の亡骸を発見した侍

 

 ある侍がまだ夜も明けきらないうちに、深川の中川尻へ釣りに出かけた。どこに釣り糸を垂らそうかと、場所を探していると、アシやマコモが生えている川ぶちに人の亡骸を見つけた。亡くなってからまだそう時間が経っていないだろう。着ているものは悪くないし、大刀はないものの、脇差は刺している。人柄も良さそうなので、私用で出かけた武士ではないかと思われた。自分と同じように釣りにでも出かけて過って命を落としたのだろうか。

 

「どなかたは存じませんが、間違って水に落ちてしまったのでしょう。釣りや網を打つ人間は、時としてこういう目に遭うといいます。私も、他人ごととは思えません」

侍は、まるで生きている人に対するように話しかけ、持っていた酒を取り出して唇を濡らしてやり、自分も飲んだ。

 

 武士をこのまま水の中に置いておくには忍びないので、水から引きあげて近くの家々を訪ね、筵や米俵などを分けてもらい、それで武士の体を包んで家に帰った。ただし、骸を見たなどというと嫌がられると思い、家ではその日の出来事を話さなかった。

 

 それから23日たって、侍は用があって出かけたが、そこで武士と行き会った。武士は深々と頭を下げ、「この前は、思いがけずごちそうになりました。とてもうれしかったので、お礼がしたいと思います」と言った。

 

侍は、その武士と面識がなかった。そのことを告げると武士は、とにかく私と一緒に来てくださいと歩きだした。面識はなかったが悪い人には見えなかったので、侍はその武士について行くことにした。

 

 武士は、相当な格式の屋敷にさむらいを案内し、奥まった部屋に入りここで待つように告げると部屋を出て行った。侍は、言われた通りに部屋の中で座っていたが、いったいここまでどうやって来たのか道順が思い出せない。

 

一方、家の中は、あわただしく人々が立ち働いているような気配がする。しばらくして、そのうちの誰かが襖を開けた。人がいないと思ったところに侍が座っていたので襖を開けた人は驚いたように見えた。

「あなたはどなたで、どうしてここに座っているのですか?」と問われて侍は、ここの主と思われる武士に案内されてやって来たと答えた。襖を開けた人は、案内した人の年恰好や着物の柄などを矢継ぎ早に聞いてくる。そして、侍の話を聞き、それは確かにこの屋敷の主だという。

 

 それから、屋敷中が大騒ぎとなった。

「実は、先日主が家を出たまま帰りません。手分けして探したのですが、ようとしてしれません。もう、亡き人になってしまったと思い、今、弔いの準備をしていたところです。あなたをここに案内しておきながら、私たち家の者たちに顔を見せないとはどういうことでしょうか」

 

そういわれて侍は思い当たることがあった。そして、数日前に中川尻であった出来事を話し、その家の者をその場所に案内すると、あの骸は犬などにいたずらされることもなく、そのままになっていた。それは間違いなく、案内された家の主だった。

 

「水から引きあげていただき、その上、酒までふるまってくださったあなた様だからこそ、主の魂が家の者に知らせて欲しいと頼んだに違いありません」

家の者たちは泣きながら侍に感謝し、今後、一門のよしみを結んで欲しいと懇願。侍は快く承諾し、以後親しく交際したという。

絵本隅田川両岸一覧・首尾松の鉤舟 椎木の夕蝉
東京国立博物館蔵/提供:ColBase
江戸時代に釣りは、最初は武士、後に庶民にも広まり、多くの人が楽しむ娯楽となった。それには中国に生息する虫から取り出した透明な糸テグスが普及したことが大きい。また、藩の中には、集中力を養うからと釣りを奨励する例もあったという

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過去記事

加唐 亜紀

1966年、東京都出身。編集プロダクションなどを経てフリーの編集者兼ライター。日本銃砲史学会会員。著書に『ビジュアルワイド図解 古事記・日本書紀』西東社、『ビジュアルワイド図解 日本の合戦』西東社、『新幹線から見える日本の名城』ウェッジなどがある。

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