主人の切腹をとめるために虫を呑んだ少年 江戸時代に起きた「毒殺疑惑事件」の真相は!?
世にも不思議な江戸時代⑦
宴会の席で突然、ある武士が苦しみだした。責任を取ってその家の主が切腹しようとしていたところをその家で働いていた少年が止めた。
■毒殺疑惑であわや切腹……
寛文年間(1661~1672)にあった出来事だと伝わる。ある家の主人が某お殿様の家老を家に招待した時のことである。家老の家来たちもご相伴にあずかってその家にやって来た。
ところが、宴会が始まってすぐに物頭を務める男が突然気絶してその場に倒れ、やがて全身に斑点が出て苦しみ出した。家中が大騒ぎとなり、近くに住む医者たちを呼んでみてもらった。しかし、原因がわからないので、どんな薬を与えていいのかどの医者も決めかねてしまった。ただ、口から入った毒によるものであるということだけは、医者たちの一致した見解であった。
口から入った毒ということは、この家で提供した料理に毒となるものが入っていたのだろうか。そのわりには、物頭一人だけが苦しんでいる。
「本日の料理についてはこれ以上できないというくらい注意を払いました。しかし、こうした不測の事態が起こってしまいました。今来ていただいているお医者様たちには、全力を尽くしていただきたいと存じます。おひとりとはいえ、このようなことが起こってしまったことは何とも申し開きできません。こうなった上には、腹を斬って責任を取る覚悟はできております」
行水をして身を清め、死に装束に着替えて現れたこの家の主人を見て皆が驚き、その言葉に偽りのない覚悟が見て取られた。
「まだ、この家の料理が原因とき決まっておりません。また、我々の寄合でも食あたりはあることです」
とその場にいた侍たちが口々に止めようとするが、主人の決意は固いようで、誰にも止めることができない。そうこうしているうちに、物頭が大量の血を吐いた。もはや腹を斬るしかないと思い詰めて、その準備を整えた主人の前に、少年が立ちはだかった。
「待ってください。私が主の身の潔白を証明したら、許していただけませんでしょうか」
この少年はこの家で下働きをしているという。
「このお侍は、料理が運ばれてくる前に、キセルで煙草を楽しんでおられました。ほかの方とこのお侍と違うのはその1点だけでございます。目の前にいた虫をキセルで潰してそのまま、煙草を吸われました。私はそのお侍に申し付けられて潰した虫を紙に包んで捨てました。その虫にどんな毒があるのかわかりませんが、それが原因ではないでしょうか」
そういうと、その少年は奥に引っ込んで紙屑を持って戻って来た。「この中にその虫が入っております。私がこの虫を飲み込んでこのお侍と同じように苦しがったら、主には罪がないことになります」
というと少年はみんなに見えるようにして虫を飲み込んだ。飲み込んで少ししてから少年の顔色が変わり、伏してしまった。これで少年が言う通り、物頭が苦しがったのは料理ではなく虫のせいだということが証明された。
この少年はわずかに15歳であったいう。これが戦国の世であったならば主のために命を賭すことは日常的なことであるが、大平な世にあって、こうしたわが身かけた行いをするとはできた者である、とこの話を聞いた者たちはこの少年をほめたたえたという。

七宝流水文煙管(東京国立博物館蔵 提供:Colbase)
きせるとは、たばこを吸う道具。写真右側の火皿と呼ばれる部分に細かく刻んだ煙草の葉を入れ、火をつける。左側の吸い口と呼ばれる部分を咥えて吸う。写真のように火皿と吸い口部分は金属でその間は竹で作るのが一般的だった。