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アマチュア野球の監督や関係者への謝礼 かつてのプロ野球界には「金銭問題」が常に付きまとう“土壌”が存在していた!? 

あなたの知らない野球の歴史


■球界を揺るがした大事件

 

 2007年3月のことだった。西武ライオンズがアマチュア選手へ不適切な金銭(合計約1300万円)などを供与していたことが明るみにでて、球団は調査委員会を設置して、事実関係の調査に入った。その後、委員会の報告により高校、大学、社会人野球野球の監督・関係者170人が、選手のプロ球団入りに際して謝礼を受けとっていたことが判明することになる。その中には最高で1000万円もの金銭を受け取っていた監督もおり、球界を揺るがす大事件となった。

 

 西武ライオンズ球団の裏金問題が明らかとなったのち、横浜・那須野巧投手へ最高標準額を大幅に超えた5億3000万円もの契約金の支払いが分かり問題の大きさを世間に知らしめることになった。

 

 170人もの監督・関係者が関与していたということは、謝礼が常態化していたことの裏付けといえる。また西武ライオンズも球団創設以来、27年にわたってこうした供与を続けていたという事実は世間を驚かせた。

 

 判明しているケースとしては早大のS選手、東京ガスK選手以外にも5人の選手に金銭供与が行われ、契約金が最高標準額(1億5000万円)を超えた選手が15人判明した。しかし、問題はこれだけにとどまらず、金銭供与を行ったS選手の母校の元指導者がこの問題に深く関わり、同校が日本学生野球憲章に違反するスポーツ特待生制度を行っていたことも明るみに出て、結果として同校野球部が一時解散に追い込まれるという事件まで発展した。

 

 さて、このときの内訳は報道によると、高校関係者70人、大学関係者30人、社会人関係者40人、残りは高校、大学、社会人とはつながりがない者だった。一方で、実名の公表については「個人を糾弾することが目的ではない」との理由で当局は詳細の公開を拒んだが、これだけの人数が出てくることは、過去に遡って詳細を明らかにするとまだかなりの数がいて致命的なことになることを示唆したものとも理解できる。氷山の一角と見れば、調査を突き詰めていけば野球界全体のシステムが崩壊するということだ。昔から選手引き抜きや高校を中退させて球団に入れるような強引なスカウトもあったわけなので、相当の金銭が動いていても不思議ではない。

 

 

 この問題の根は深かった。この事件の3年前の2004年には、明大の一場靖弘投手がドラフト自由枠候補に挙がっていたが、巨人、阪神、横浜といった複数の球団が交通費、栄養費などの名目で金銭を渡していたことが発覚、巨人の渡辺恒雄オーナーらが辞任する騒動に発展した。これによってスカウト活動の倫理規定を見直したはずだが、この事件は教訓にはならなかったということだ。

 

 日本学生野球憲章には、高校野球や大学野球では、プロ球団との契約での金品の授与は禁止している。以上の教訓を踏まえて、12球団はその後「倫理行動宣言」(2005年6月)を発表したが、それが今日に至るまで順守されているだろうか。

 

 ドラフト制度は、そもそも戦力の均衡化、高騰する契約金を抑止することが目的だった。だが契約金の上限を越えるとそれらのルールを水面下で破る行為が行われ、これがスカウトの手腕とも評価される状況を助長した背景もある。選手はアマチュアであり、プロ球団のスカウトらの卓越した攻勢に選手や親が甘えることや欲望に勝てないことも当然あったはずだ。子供たちの夢を育むプロ野球が不正の温床になることは、大きな問題でありコミッショナー事務局や各球団が自身を律することも重要ことである。

 

 選手会によるFAなどの見直し案や例えば海外FA問題なども含めて改革は球団だけではなく選手側から行われているのは評価したいが現場の行動規範がどこまで守られるのか、今後にまだ課題は残している。

 

■少子化が進む社会での学生野球

 

 さて、夏の甲子園は、今や日本の伝統行事、夏の風物詩になっている。だが、テレビ、ラジオ放送され、チームが勝ち上っていく中でメディアはヒーローをつくり、活躍した高校は翌年の受験者が増え、それが受験生集めの大きなPRとなっていることは疑いのない事実だ。特に私学にはその傾向は強い。マーケット市場からみれば資本主義の論理にもなるが、学生にとって自身を売り込むチャンスでもあるだけに問題は根深い。否、これから少子化に向かう中、ますますこういった傾向が強まるのではないかという危惧もある。つまるところ各都道府県の代表校は、私学ばかりとなり公立校の活躍は激減するということが起こりうる事態でもある。

 

 アメリカのメディアなどは日本の春夏の甲子園での高校野球の熱戦を見て、アメリカ野球が忘れていたものがここにあったと評判は悪くはないが、少子化が進む中、甲子園の大会が私学の競争心を煽っている側面もある。球団の問題意識の改革も必要だが、昨今、公立校の出場が激減していることを考えれば、高校野球が私学のPRの場にもなり、アメリカにはない日本独自の抱える問題ということも言える。1932年3月に文部省は野球統制令を発令して、学生野球の商業化や興行化を防ぐため統制と健全化を計ったが、これが今日的意義を持つのは強ち否定できない。

 

イメージ/AC

 

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波多野 勝はたのまさる

1953年、岐阜県生まれ。歴史学者。1982年慶応義塾大学大学院法学研究科博士課程修了。法学博士。元常磐大学教授。著書に『浜口雄幸』(中公新書)、『昭和天皇 欧米外遊の実像 象徴天皇の外交を再検証する』(芙蓉書房出版)、『明仁皇太子―エリザベス女王戴冠式列席記』(草思社)、『昭和天皇とラストエンペラー―溥儀と満州国の真実』(草思社)、『日米野球の架け橋 鈴木惣太郎の人生と正力松太郎』(芙蓉書房出版)、『日米野球史―メジャーを追いかけた70年』(PHP)など多数。

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