朝ドラ『あんぱん』「あまり嬉しくないけど、おめでとう」 暢さんが漫画の入賞を喜ばなかった理由とは?
朝ドラ『あんぱん』外伝no.74
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、第23週「ぼくらは無力だけれど」が放送中。懸賞漫画に応募した嵩(演:北村匠海)の漫画は無事に大賞を受賞。のぶ(演:今田美桜)らは大喜びし、八木(演:妻夫木聡)の会社で祝賀会が開催された。作中では大盛り上がりだったが、史実では妻・暢さんは「あまり喜ばなかった」とやなせ氏が回顧している。一体なぜだろうか?
■悔しさをバネに懸賞漫画に応募
漫画家として鳴かず飛ばずのまま48歳になったやなせ氏。しかも、所属していた漫画集団「独立漫画派」の面々が自分に声をかけることなく世界旅行に出かけていたことを知り、意気消沈していた。
そんな時、とある週刊誌が100万円もの賞金が出る懸賞漫画の募集を開始。これは連載半年分の漫画を描いて応募するというものだったらしい。同世代の漫画家はみな代表作を持って大成し、下の世代にも花形としてもてはやされる漫画家が数多く存在していて、やなせ氏はどうにもやるせない思いを抱えていた。そこにきてこの“世界旅行事件”を受けて、その悔しさをぶつけるために応募を決意。漫画を描くことに没頭した。
とはいえ、一応「プロの漫画家」であるというプライドもある。「プロアマ問わず」の懸賞漫画に応募することに躊躇いがなかったわけではない。実際、応募してからも「佳作になるくらいならいっそ圏外がいい」と思っていたようだ。
こうしてパントマイムの漫画「ボオ氏」が誕生したのである。「帽子」と「某氏」の語呂合わせだ。セリフのない漫画は、「全世界のどこでも、誰にでもわかる無国籍の漫画」というこだわりがあった。同時に「何者でもない」自分と重ね合わせる部分もあった。
半年連載分、計24本の漫画を描きあげて締切当日に直接持ち込んだ。そしてそれからしばらく経ったある日、週刊誌の編集部から電話がかかってきた。「やなせさんの漫画がグランプリを獲得しました」という報せだった。ところが、やなせ氏はどうも信じられなかったようで、その時点ではまだその結果を疑っていたのだという。
妻の暢さんには「一等に入選したという電話があったが、ウソかもしれないから喜んじゃいけない」としきりに喜ばないよう言い含めたという。暢さんもやなせ氏がそこまで言うものだから「わかった」とそれに応じた。
少しして、実際に賞金100万円を受け取った時、初めて「漫画でグランプリを獲得した」という実感がわいてきたそうだ。ところが多額の賞金が手に入って入賞が確実なものになったというのに、暢さんは嬉しそうじゃなかったという。
曰く、「あなたが『喜ぶな』って言うものだから、喜ばないように我慢しているうちにあんまり嬉しくなくなったのよ。けど、おめでとう」ということだ。確かに、一番喜ぶべきタイミングを逃してしまったのは否めない。とはいえ、この快挙には暢さんも表に出さなかっただけで心から喜んでいたのではなかろうか。
ちなみに賞金の100万円はどうなったかというと、何か記念に大きな買い物をするわけでもなく、日々生活しているうちにいつの間にか使い果たされていたそうである。

イメージ/イラストAC
<参考>
■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)
■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)