吉原の遊女の隠語「行水(ぎょうずい)」とはどんな意味⁉【江戸の性語辞典】
江戸時代の性語54
我々が普段使っている言葉は時代とともに変化している。性に関する言葉も今と昔では違う。ここでは江戸時代に使われてた性語を紹介していく。
■行水(ぎょうずい)
女の月経、生理のこと。「月のさわり」や「さわり」とも言った。また「月役(つきやく)」、「月のもの」と言うこともあった。
本来は、吉原の遊女の隠語である。
遊女は毎朝、風呂に入るが、月経時は行水にした。このことから生まれた隠語であろう。だが、いつしか有名になり、吉原だけの隠語ではなくなった。
図は灸をすえているところだが、月経による体調不良だろうか。

【図】灸をすえる女(『風俗三十二相』芳年、明治二十一年、国会図書館蔵)
(用例)
①戯作『替理善運』(山跡蜂満著、天明八年)
三味線師匠の三勝には、半七という恋人がいた。
(三勝は)半七と色事ゆえ、はらみしか、跡月より月役(つきやく)を見ねば、気にかかり、
月役は月経、跡月は先月のこと。
先月から月経がなくなり、三勝は妊娠したかと気にかかった、ということ。
②戯作『仕懸文庫』(山東京伝著、寛政三年)
深川の岡場所、仲町の遊女同士が雑談をしている。ひとりが、うそぶく。
「うざぁねえ。ほんに、おいらぁ、もう明日ぁ、さわり用事をつけて、引っ込もう。これじゃあ、出られねえ」
「さわり」は月経のこと。「用事をつける」は、病気などで休むこと。
要するに、月経痛がひどいのを理由に、客の前には出ず、休むという意味である。
③戯作『客物語』(式亭三馬著、寛政十一年)
吉原の妓楼。客の男が、遊女の顔色がよくないのを見て、言う。
男「おめえ、行水にでもなったか」
女「よしなんし。馬鹿らしい。行水になりゃあ、色の悪いもんでおすかえ。好かねえ、好かねえ」
男から露骨に「生理になったのか」と尋ねられれば、女がいやがるのは当然である。
さらに、男は通人ぶって隠語の行水を用いている。これも、遊女の癇にさわったのであろう。
④春本『万福和合神』(葛飾北斎、文政四年)
幾代という女は、男に開発され、
十分に気のゆくということを覚えて、少しずつは尻をむくむく動かしたり、しゃくったりして、しだいしだいに、うま味を覚え、その代わりに、いつしか月のものが滞りて、
幾代は感じ始めたものの、月経が止まった。
避妊具や避妊薬がなかった当時、セックスは妊娠につながる。
⑤春本『柳の嵐』(柳川重信)
職人の亭主と、元遊女の女房。交わりながら、亭主が言う。
「俺もてめえのさせ上手に惚れて、しょいこんだものを、昼の仕事より夜の仕事を精出してえが、毎月の行水で後戻りがしておさまらねえ」
亭主は毎晩したいのだが、女房の月経でできない日があるのを残念がっている。
亭主は、遊女時代の女房の馴染みだったに違いない。その性のテクニックに惚れこみ、年季が明けた女を女房にした。
亭主が行水という隠語を知っているのも、そういう経緯があるからだった。
[『歴史人』電子版]
歴史人 大人の歴史学び直しシリーズvol.4
永井義男著 「江戸の遊郭」
現代でも地名として残る吉原を中心に、江戸時代の性風俗を紹介。町のラブホテルとして機能した「出合茶屋」や、非合法の風俗として人気を集めた「岡場所」などを現代に換算した料金相場とともに解説する。