能 woman 能 cry!~能に見る、鬼の真実…われ泣きぬれて〝鬼〟となりぬる~
桂紗綾の歴史・寄席あつめ 第24回
古代から存在する「鬼」と「伝統芸能」は切っても切れない関係にあり、多様な芸能で「鬼」を題材とした演目も数多く存在する。そのことについて大阪・朝日放送のアナウンサーでありながら、社会人落語家としても活動する桂紗綾さんに楽しく語ってもらった。
『鬼滅の刃』(きめつのやいば)をご覧になった方はご存知でしょうが、主人公らが討伐を目指す鬼達は、そのほとんどが辛く惨い過去のために悪の道に堕ちてしまいました。鬼は恐ろしく憎い敵だが、その背景を知れば思わず同情してしまう対象でもある。私が思うに、鬼が持つ憫然な物語も、漫画・アニメ・映画で『鬼滅の刃』が大ヒットしている重要な要素ではないでしょうか。そしてこの要素は、実は日本人が昔から魅了されているものなのです。
鬼は古くから芸能の世界で描かれ、娯楽性が高く有名な演目が数多あります。特に〝能〟では200曲以上の演目が〝神・男・女・狂・鬼〟と分類され、五分の一が鬼を描いたもの。最近ではめっきり行われなくなりましたが、江戸時代から大正時代頃までは、神を描いた曲から始まり、男・女・狂・鬼(間に狂言が入る)と上演される〝五番立て〟が正式な形でした。

酒呑童子
酒呑童子は日本の歴史のなかでももっとも知られる鬼である。この錦絵は源頼光らが酒呑童子らの鬼を退治する様子を描いている。(『源頼光以下六勇士、鬼退治之図 』東京都立中央図書館蔵)
能は世界最古の演劇で、逐一説明はせずとも、シテ(主役のこと)がかける面(おもて)や装束にはそれぞれ意味が込められています。鬼の面にもいくつか種類があり、源頼光(みなもとのよりみつ)に倒された『大江山』(おおえやま)の男の鬼神・酒吞童子(しゅてんどうし)や『土蜘蛛』(つちぐも)の土蜘蛛の精がかける面は〝顰(しかみ)〟。また、皆さんが能面で思い浮かべるのが〝般若〟でしょう。これは女の鬼(正体は怨霊・生霊)に使用され、『道成寺』(どうじょうじ)の蛇体や『葵上』(あおいのうえ)の六畳御息所(ろくじょうのみやすんどころ)などがかけます。他にも〝泥眼(でんがん)〟〝生成(なまなり)〟〝真蛇(しんじゃ)〟と、鬼にも性別やレベルがあります。『鬼滅の刃』で例えるならば、生成は下弦(かげん)の鬼(ほんのり人間味が残るがツノが生え始めたレベル1)。般若は上弦(じょうげん)の鬼(口が裂け眼は睨みをきかせた怨みと悲しみをたたえたレベル2)。真蛇はラスボス・鬼舞辻無残(きぶつじむざん)と言いたいところだが、他の鬼を生み出すわけではないので、さしずめ十二鬼月最強の上弦の壱でしょうか(耳が無いことから〝聴く耳を持たない〟野性的で獰猛な鬼レベル3)。何れの面もじっくり眺めると、怒りと共に寂しさや哀しさも伝わってきます。

能面 泥眼
鬼神系の面のように鍍金した銅板をはめずに金泥を塗ることで、正気を失いはじめる、人間と鬼との境を示しているとされる。妖しく光る眼が不気味である。(東京国立博物館蔵/出典:Colbase)
また、男の鬼と女の鬼では演目の性質も違います。鬼男物は世を乱す悪い鬼が退治される物語。派手で勇壮で見応えがある一方で、歴史的な事件に対する風刺的な意味合いも感じられます。鬼女物は、女が男に捨てられたり裏切られたりした何事かを理由に鬼化し、祟り呪い、山伏や行者の祈祷で鎮魂し一件落着。静かな動きに反し、情念の激しさに震え上がらせる凄みがある。五番立てのトリなだけあって、どれも筋のしっかりとした人気作品です。
さて、鬼女物の中には自ら望んで鬼になる女がいます。傑作『鉄輪(かなわ)』の主人公で、この女には名前がない、つまり市井に生きる普通の婦女なのです。一方的に自分を捨て新しい妻を迎えた夫に復讐するため、毎夜、京の都から貴船神社(きふねじんじゃ)まで丑の刻(午前2時頃)詣に通う。満願の7日目、貴船神社の社人が女を待ち受け夢想を伝える。「家に帰り赤い襷をつけ、顔は丹(たん/赤い土)塗り、頭には鉄輪(かなわ/囲炉裏で使う鍋置き)を戴き、その三つ足に火を灯して憤りの心を持てば、たちまち願いが叶う」と告げられた女は、みるみるうちに美しい顔が歪み鬼の影がのぞく。夢にうなされる前夫が陰陽師・安倍晴明(あべのせいめい)に相談すると、晴明は前妻の恨みから男と後妻を守るため、身代わりの人型を作り祈祷する。雷鳴と共に凄惨な鬼と化した前妻が現れ、「命を取ろう!思い知れ!」と、後妻の人型の髪を掴み打杖で滅多打ちにした後、「殊更恨めしい!」と前夫の人型である烏帽子を黄泉の国に連れ去ろうとする。しかし、祭壇に祀られた三十神に怯み、通力を失う。最後は、顔を扇で隠し「諦めない」という言葉を残し去っていく。

京都の貴船神社
京都の奥座敷「貴船」に佇む貴船神社。現在は清々しい緑に囲まれ、四季折々の美しい景色を味わうことができる。京都観光の名所となっている。
強い嫉妬と深い怨み…観客は、自分はこんな風にはなりたくないとは思うけれども、鬼になる理由が悲惨であればある程人気なのは、〝誰の心にも巣くう鬼の一部〟が共鳴しているからかもしれません。皆さんも、鬼が出現した際に闘えるよう、全集中の呼吸をマスターするか、鬼殺隊と友達になっておくことをオススメします。