この〝ご注進〟にグラついた方は劇場に是非!~NO忠臣蔵 NO LIFE~
桂紗綾の歴史・寄席あつめ 第21回
年末になるとよく耳する出来事のひとつとして「赤穂浪士討ち入り」という出来事がある。日本人の脳裏に深く焼き付けられているこの出来事は江戸時代から今もなお、日本人に語り継がれている。そんな年末の風物詩でもある「忠臣蔵」の芸能の歴史と知識を大阪・朝日放送のアナウンサーでありながら、社会人落語家としても活動する桂紗綾さんに語ってもらった。

赤穂浪士討ち入り
我々日本人にとって、誰もが馴染み深い物語。「義」を重んじる日本人の感情を揺さぶり、日本中に愛される話として定着している。(国立国会図書館蔵)
本日12月8日は歴史上大きな意味を持つ日付で、日本人であれば是が非でも認識しておかなければならないものでしょう。1941年の12月8日、日本海軍がハワイの真珠湾に基地を置くアメリカ海軍太平洋艦隊に奇襲攻撃を仕掛けたことで、日米開戦の幕は切って落とされました。そして、1945年6月23日沖縄戦終結、8月6日広島原爆投下、8月9日長崎原爆投下、8月15日終戦…私達は、同じ悲劇を繰り返さないためにも、これらの日を心に刻み込んで忘れてはなりません。
このように日付と合わせて記憶されている歴史的出来事の一つで、近年若年層の認知度が一気に低下したものがあります。それは、〝12月14日赤穂浪士討入〟。私の周りの平成生まれ十人に「12月14日は何があった日?」と聞いて答えられる人は皆無でした。「忠臣蔵は知ってる?」との問いに、〝仇討ち〟まで返答出来たのは30代前半で三人、20代ではたったの一人。当然ですね。昔は毎年この時期に〝忠臣蔵〟を扱ったテレビドラマが大々的に放送されていましたが、今では一切目にしません。そもそも若者のテレビ離れが激しく、弊社も含めてテレビ局は若い視聴者層を取り込むことに躍起で、時代劇は減る一方。〝12月14日〟〝忠臣蔵〟のキーワードにピンと来ない若者が増えるのも仕方がないのでしょう。しかし、未だに歌舞伎や文楽での〝忠臣蔵〟人気は間違いなく、そこに描かれる忠義や家族を想う情は、昔と変わらず観客の胸を打ちます。

松之廊下刃傷事件
江戸時代から歌舞伎などの演目としても人気を博した。(「仮名手本忠臣蔵」東京都立中央図書館蔵)
いわゆる〝忠臣蔵〟は、元禄15年(1702年)12月14日に起きた〝赤穂事件〟を描いています。主君・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の宿敵・吉良上野介(きらこうずのすけ)を討ち、本懐を遂げた四十七士が切腹した3年後の宝永3年(1706年)、近松門左衛門が浄瑠璃『碁盤太平記』を制作。後の〝忠臣蔵〟の役名と、赤穂事件のエッセンスが入っている最古の劇なのです。そして、寛延元年(1748年)、二世武田出雲・三好松洛・並木千柳(並木宗輔)の合作による人形浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』が大坂竹本座で初披露。その後歌舞伎でも上演され、現代にも至る大ヒット作となります。
赤穂事件は、事件からわずかな時間の経過にも関わらず芝居化され、人気を極める程、注目の出来事でした。『仮名手本忠臣蔵』は、鎌倉後期~南北朝時代の軍記物語である『太平記』から時代設定や名前を借りて作られています。赤穂藩主・浅野内匠頭は、赤穂が〝塩〟の名産地であることから塩谷判官。吉良上野介は〝高家〟のため、高師直。仇討ちを率いた家老・大石内蔵助(おおいしくらのすけ)は大星由良之助。これは、江戸前期の儒学者である山鹿素行(やまがそこう)の著書『大星伝』から引用しているのではないかという説があり、素行の学問思想が赤穂浪士討入の思想背景で、また大石内蔵助が「世の中に太陽のような光を投げかけた男」であることを示しているようです。

大石内蔵助の像
赤穂浪士のリーダーとして、面々を引っ張り、義を貫いた忠臣として歴史に深く名を刻んだ。
武士の心得をまとめた文献『葉隠(はがくれ)』の一節から、「武士道(ぶしどう)と云(い)うは死(し)ぬ事(こと)と見付(みつ)けたり」。武士たる者は主君のためには死ぬことも覚悟しなければならない、没我・献身に重きをおく武士道を説いた言葉であり、如何に生きるかよりも如何に死ぬかということが、武士の中心的思考で美学であることを説明しています。つまり、主君の仇討ち後、切腹を成し遂げるのは武士の理想の最期だということ。さらに、播州赤穂五万三千石の中規模国の地方藩士にとっては、これ以上ない本願成就・自己の往生だったのです。

赤穂四十七士の墓
主君の汚名を返上するために戦った家臣たちは本懐を遂げ、切腹。浅野内匠頭が眠る泉岳寺にてともに眠っている。
すなわち〝忠臣蔵〟は、当時の武士にとって現代のサッカーW杯以上のアドレナリン放出のお祭りであり、国民にとっても大きな関心事で、まさに〝トレンド〟だったのではないでしょうか。そして〝忠臣蔵〟には、武士道だけでなく、権力に驕れる者や嫉妬に狂う者、愛する人との別れを惜しむ姿、いつの時代も変わらない人間らしさが浮かび上がる壮大なストーリーであるからこそ、文化の世界では支持を得続けているのです。