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土地とっちゃるけん!大名たちの『陣地なき戦い』

桂紗綾の歴史・寄席あつめ 第19回


日本の歴史は武士たちによる領土争いが絶えず続く歴史。そうした土地を巡った物語は深読みすれば、多くの気づきが出てくる。ここでは大阪・朝日放送のアナウンサーでありながら、社会人落語家としても活動する桂紗綾さんに土地をめぐる歴史を楽しく学べるお話として語ってもらった。


 

京の宮城野にある「青蓮院門跡」。萩の名所として知られる。

 

『萩大名(はぎだいみょう)』という狂言があります。京を去る田舎大名が、都の名残に遊山(散策)に出掛けようと太郎冠者(召使い)に相談すると、太郎冠者は宮城野の萩が盛りの庭見物を提案する。ところがその庭の持ち主は大の当座好き(=即興の和歌を詠むこと)で、見物客に和歌を所望すると云う。歌の嗜みのない大名に対し、太郎冠者は一計を案じ和歌のカンニング法を伝授する…という内容。無教養な大名を風刺しつつも無邪気で稚気溢れる可愛らしさがあり、従順な召使いとのやりとりが滑稽に展開される作品です。

 

 実はこの狂言、不思議な幕開きなのです。主役の大名がオープニングから「長々在京いたすところ、訴訟ことこどく合い叶い、安堵の御行書頂戴し、過分に新地を拝領し、あまつさえお暇までくだされ、近日本国へまかり下ろうと存ずる」と語る。いきなり裁判の結果から始まるのです。「裁判に勝ち、たくさん土地がもらえました!しかも『君も大変だったね、ちょっと静養したらどう?』と労ってもらえたので、これから故郷に帰ります。京ともお別れ、今が見頃の宮城野の萩でも見に行きます」という意味。あまりに現実的過ぎるスタート。裁判所から走り出てきた原告側が、「勝訴!」と書かれた半紙を掲げ、歓喜に涙する姿をよく目にすることがありますが、まるでその場面から始まる狂言のようで、その異様さにゾクゾクする面白さを感じました。

 

 室町時代に成立した能狂言は、源平合戦を代表する平安〜鎌倉時代の出来事の造形が多い。そして、この『萩大名』に出てくる〝領地訴訟の顛末〟は当時の〝あるあるネタ〟でした。室町時代には「土地の裁判で勝訴したぞ!」と言うだけで、涙を流す武士も多かったのかも知れません。それ程、領地は大名達の最重要案件で揉め事ばかりでした。

 

蒙古襲来絵巻
元寇は“国を守る”戦いだったため、それまでの領土拡大という恩恵がなかったため、戦った者たちに恩賞を与えることがあまりできなかった。(東京国立博物館蔵/出典:Colbase)

 

 例えば、鎌倉時代のモンゴル来襲、いわゆる元寇は、土地訴訟における大事件です。各大名達が九州北部に集い、文永の役・弘安の役で元と戦いました。神風と呼ばれる台風が元を襲い、執権・北条時宗(ほうじょうときむね)は勝利するも、問題は御家人達への恩賞。国内の戦なら「此奴に勝利し奪った土地を、恩賞として彼奴に与えよう」と、領地差し替えも出来る。しかし、異国の襲来を防ぐべくオールジャパンで戦っても、褒美の土地はない。時宗は「激ヤバやん…」と思ったでしょうか()。武士達から空前の訴訟旋風が巻き起こるが、結局満足のいく恩賞は与えられない。不満は亀裂となり、1333年の鎌倉滅亡へと繋がっていく。昔もいまも戦いの理由は同じ。鎌倉滅亡のきっかけは〝領土問題〟だったと言えるでしょう。

 

『萩大名』の口開きの違和感は、背景を知れば納得の唸り声に変わりました。文化芸術面では「違和感こそ創造の原点だ」と言われます。心の引っ掛かりを得た時こそ、異次元への〝どこでもドア〟が目の前に現れるのです。

 

出石そばいわゆる皿そばのことで、兵庫県豊岡市出石町を中心に食されている郷土料理。

 

 ところで、兵庫県豊岡市の出石(いずし)を訪れた際、皿蕎麦が名物であることを不思議に思いました。何故なら、私の大好きな落語では、同じ噺でも江戸は『時そば』、上方では『時うどん』となる程、福岡・讃岐・大阪等の西方はうどんを好み、信州・江戸・新潟・岩手等が蕎麦エリアだという認識でしたから。

 

 先述の通り、違和感は新たな知識へのどこでもドア…出石蕎麦の由来を調べると「宝永3年(1706)に、信州上田藩から出石藩にお国替えとなった仙石(せんごく)氏が蕎麦職人を連れてきたことに始まる」とのこと。

 

上田城
上田初代藩主・仙石忠政が大改修をはじめたが、完成はその死後であった。

 

 ああ!仙石さん、あなたの気持ちはよくわかる!お国替えと簡単に言っても、当時は、一度領地替えをしたら二度と故郷に戻れないかも知れない。出石に移った仙石さんは、連れてきた職人を前に涙し、「うう、美味である、世は満足じゃ、ずるずる」と、蕎麦と鼻を同時にすすっていただろうと、私は想いを馳せました。現在の出石蕎麦の隆盛は、仙石氏の望郷の念が作り上げたもの。

 

 歴史とは、土地における人の想いの積み重ねでもあるのですね。私は和歌山県みなべ町の出身ですが、町の特産といえば〝南高梅〟。もし私が大名家の姫でお国替えを命じられたなら、「彼の地に赴くならば、梅木職人と、梅干し職人の帯同を所望じゃ…」と、涙ながらに願い出るに違いありません。これがもし菅原道真(すがはらみちざね)公なら、梅の方から付いてきてくれるのでしょうね()

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桂 紗綾()
桂 紗綾

ABCアナウンサー。2008年入社。女子アナという枠に納まりきらない言動や笑いのためならどんな事にでも挑む姿勢が幅広い年齢層の支持を得ている。演芸番組をきっかけに落語に傾倒。高座にも上がり、第十回社会人落語日本一決定戦で市長賞受賞。『朝も早よから桂紗綾です』(毎週金曜4:506:30)に出演。和歌山県みなべ町出身、ふるさと大使を務める。

 

『朝も早よから桂紗綾です』 https://www.abc1008.com/asamo/
※毎月第2金曜日は、番組内コーナー「朝も早よから歴史人」に歴史人編集長が出演中。

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