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イケメン俳優、イケオジ俳優が演じた中国史に深く名を刻んだ剣客「荊軻」

中国時代劇ドラマと史実

■登場する作品は多数!愛され続ける最強剣客

 

荊軻が丹に見送られた出立した易水の近くに建つ荊軻塔(河北省易県)

 

 演じるのは若手のイケメンでもベテランのイケオジでもよい。その名は荊軻(けいか)。秦の始皇帝の誕生前夜、ほんの一瞬ながら歴史に深く名を刻んだ人物である。

 

 荊軻が登場する作品はいくつもある。映画では1998年制作の中・仏・米・日合作の『始皇帝暗殺』(原題は『荊軻刺秦王』)がそれで、荊軻を演じたのは『レッドクリフ』で曹操(そうそう)役を務めたチャン・フォンイー(張豊毅)。1956年生まれだから、荊軻を演じたのは42歳のとき。貫禄十分のイケオジ・荊軻だった。

 

 近いところでは、テレビドラマの『麗姫と始皇帝 月下の誓い』(原題は『秦時麗人名月心』)が挙げられる。2017年制作で、荊軻を演じたリウ・チャン(劉暢)は1986年の生まれ。モデル出身で、身長は189センチ。2012年冬のロンドン・コレクションで出場経験があり、2015年に俳優デビュー。一見してわかるように、文句なしのイケメンである。

 

河北省易県に残る燕の下都の城壁跡

 

 荊軻は王族でも武将でもなく、野に潜む剣士といったところ。命を賭けるに値しないと判断した相手とは争うことなく、立ち去るのを常としていたため、相手からは怖気(おじけ)づいて逃げたと誤解されることが多かった。

 

 燕(えん)の国に流れてきた荊軻は下都(副都)に腰を落ち着け、毎日のように市場に来ては気の合う仲間と酒を飲み、周囲に人なきがごとく乱痴気騒ぎを繰り返す。町のほとんどからは、単なるろくでなしと目されていた。

 

 時は戦国時代の末、時勢はそんな荊軻を放置してはおかなかった。秦王の政(せい)がとうとう中華統一を本格始動させ、すでに韓の国が滅ぼされていた。「戦国七雄」の均衡が崩れたのである。

 

 趙(ちょう)の国も風前の灯というところで、燕の国の太子丹(たいしたん)が禁じ手を取ることにした。刺客を放ち、秦王政を暗殺しようというのである。

 

 自身の養育係に相談したところ、野に隠れた賢者を紹介され、その賢者から推薦されたのが荊軻だった。

 

 荊軻は承諾をしたが、彼一人では成功が覚束(おぼつか)ないとして、遠方にいる親友を招くことにした。ところが、その友人がなかなか到着しない。その間に趙が滅ぼされ、秦軍が燕の国境付近まで押し寄せていたから、太子の丹は気が気ではない。

 

 丹があまりにせっつくものだから、荊軻は親友の到着を待たずに出立することにした。丹の推薦で、添え役には秦舞陽(しんぶよう)という荒くれ者が付けられた。

 

 荊軻は燕国の公式の使者とした秦の都を訪れた。よほどの手土産がないことには謁見が許されるとは思えなかったので、秦から燕を亡命していた将軍樊於期(はんおき)の首に加え、燕領内でもっとも肥沃な土地、督亢(とくこう)の地図も携えていた。

 

 当時の倣(なら)いとして、地図の献上はその土地の割譲を意味した。政の喜びそうな手土産を二つもそろえれば、間違いなく謁見を許される。そう思えばこそ樊於期も暗殺の成功を確信して、自分の首を差し出したのだった。

 

 だが、荊軻には二つの誤算があった。一つは秦舞陽がまったく役に立たなかったことである。これまで弱い者相手にしか手を挙げたことがない彼は、完全武装の兵士が護衛として立ち並ぶ姿を見ただけで、もう心底にあらず。冷汗と震えが止まらず、秦の重臣たちから不審がられるなど、完全なお荷物と化していた。

 

 もう一つの誤算は、政が用心のため、袖の千切れやすい装束を身にまとっていたことである。荊軻が政の袖をつかみ、地図の中に隠して持ち込んだ匕首(あいくち)で刺さそうとしたところ、たちまち袖が千切れ、渾身の一閃(いっせん)は空を切ったのである。

 

 匕首には毒を塗りこめてあったから、掠り傷を負わせるだけでも目的は達成できる。荊軻は逃げ惑う政を追いかけるが、結局、暗殺は敵わず、返り討ちに遭って息絶える。

 

 事件の経過と結果を知っていても、荊軻による暗殺失敗の場面は非常にドラマチックで、読み物としても、講談・芝居にしても、映像にしても見応え十分。そのため何度でも再現され、荊軻という存在も愛され続けているのだった。

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島崎 晋しまざき すすむ

1963年東京生まれ。立教大学文学部史学科卒業。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て、現在、歴史作家として幅広く活躍中。主な著書に『歴史を操った魔性の女たち』(廣済堂出版)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『仕事に効く! 繰り返す世界史』(総合法令出版)、『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ)など多数。

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