浮世離れした耽美な俳優シュー・ジェンシーが『独孤伽羅~皇后の願い~』で演じた【宇文護】とはいかなる人物だったのか⁉
中国時代劇ドラマと史実
■史上一番に胸が痛くなる悪役と評された演技で際立ったダークなイメージ

隋の首都である長安にある「大明宮」跡。大明宮自体は隋を継いだ唐の時代のものである。
「浮世離れした耽美なキャラクター」
「時代劇が似合うスター」
これらはモデル出身のイケメン俳優、シュー・ジェンシー(徐正溪)に冠せられた表現で、2018年に制作された『独孤伽羅~皇后の願い~』では、歴史上の悪役をセクシーに演じて大きな話題をさらった。
同作品の原題は『独孤天下』。隋の文帝(ぶんてい/楊堅)の皇后となる独孤伽羅(どっこから)を主人公とする作品で、シューが演じるのは伽羅の長姉・独孤般若の元恋人。横暴な性格で、作中で一番の憎まれ役ながら、意中の女性は般若一人きりで、彼女に向けた甘いセリフの数々から、視聴者の間では「史上一番に胸が痛くなる悪役」と呼ばれた。
時代背景は少々複雑だが、できるだけ簡潔に説明しよう。
2世紀末に始まる三国志の時代は司馬氏の晋(西晋)により終わりを告げるが、この統一王朝は短命に終わり、北方と西方の異民族を巻き込んでの五胡十六国、ついで南北朝という分裂の時代が続く。439年には北魏により華北統一がなされるが、これまた短命で、535年には東魏と西魏に分裂。しかも550年に東魏は北斉に、557年には西魏も北周に取って代わられた。
ほぼ例外なく、華北の歴代政権の実力者は漢文化を受け入れた胡族(こぞく/北方民族)の出身者だった。西魏の重臣筆頭で、実権を掌握していた宇文泰(うぶんたい)も右に同じである。
宇文泰は556年に亡くなるが、遺命で後継者に指名された宇文覚(うぶんかく)以下、宇文泰の子供たちはまだ幼かったことから、甥の宇文護(うぶんご)が補佐役となった。
けれども、西魏の恭帝(きょうてい)に禅譲を迫り、宇文覚を即位させ、北周王朝を開いたのはよいとして、その専横ぶりは目に余るものだった。
宇文覚も成長していくにつれて宇文護に対する反発を募らせ、ついには排除を図ろうとするが、宇文護に先手を打たれ、廃位のうえ殺害された。
代わりの皇帝に擁立されたのは宇文覚の異母兄、宇文毓(うぶんいく)だが、彼もまた宇文護の排除を図ろうとしたことが知られた途端に毒殺されてしまう。
それでも宇文護には自ら帝位につくことはなく、今度は宇文覚の弟の宇文邕(うぶんよう)を擁立。3代目の武帝(ぶてい)である。
武帝は兄2人の失敗を反省材料とし、とことん愚鈍なふりを装った。このため宇文護はまったく警戒感を抱かず、武帝に対する監視を疎かにした。
宇文護が異変に気付いたのは武帝自身により突き倒されたときで、外に控えた護衛を呼ぶより早く、武帝の同母弟で、側近の筆頭格でもあった宇文直の手でとどめを刺された。いくら油断をしていたにせよ、非常にあっけない最期だった。
ドラマ中の宇文護と独孤般若は相思相愛の間柄。般若は宇文護への愛よりも父である独孤信(どっこしん)の意向を選び、「独孤天下」という予言を信じた父の命により宇文毓に嫁ぐが、難産のため死亡する。一方、史書には若くして寧都郡公だった宇文毓の夫人として迎えられ、宇文毓の即位から2か月後の558年1月に王后に立てられながら、同年4月に死去したとある。
2人が相思相愛だったというのは、あくまで同ドラマ中での設定で、同じ時代、同じ人物を主人公としながら、2019年に制作されたドラマ『独孤皇后~乱世に咲く花~』では宇文護と独孤信の関係はよからず、両家の間にロマンスが生じることもない。
史書が伝える独孤皇后は大変嫉妬深く、楊堅が側室を持つことはおろか、他の女性と二人きりになることも一切許さなかった。『独孤伽羅~皇后の願い~』中の宇文護の性格描写は、独孤皇后の男性版を意識して創作されたのかもしれない。