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日本人を魅了してやまない国民食「カレー」はいつから日本で食べられた⁉

幕末~明治の偉人が生んだ制度・組織のはじまり⑲


日本人の大好物「カレー」。明治期に日本で流通し出した食べ物だが、そこにいたるまでには当時の料理人たちの努力があったのだった。


 

■これほどまでに「カレー」が普及したのはなぜなのか?

 

いまや日本人の食生活にかかせないカレー。洋食文化が日本に入ってきたとほぼ同時にカレーもつくられるようになったという。まさに日本の洋食の代表である。

 

 小柄なままでは、いつでも西洋人に軽んじられる。不平等条約を改正するため、西洋列強に植民地化されないためにも、日本人全体の体位と体格を向上させばねればならない。そのためには肉食を中心とした洋食の普及が早道。明治政府のこのような思考から、日本の洋食文化は本格的なスタートを遂げた。

 

 わざわざ本格的と断ったのは、洋食店自体は幕末に誕生していたからで、晴れある最初の店が開かれた場所は海外との窓口があった長崎で、ときは文久3年(1863)、店主はオランダ商館で皿洗いをしながら、見様見真似で西洋料理を修得した草野丈吉(くさのじょうきち)、店の名は「良林亭(りょうりんてい)」である。

 

 開業当初のメニューは不明ながら、自遊亭(じゆうてい)を経て、自由亭と改称し、アメリカ前大統領のユリシーズ・グラントを接待した明治11年(1878)のメニューにはカレーも含まれていたと伝えられる。

 

 日本に伝えられたカレーはインド料理の定番ではなく、イギリスで様々な工夫が施された英国風カレー。すでに調合済みのカレー粉を使い、小麦粉でとろみを付けるタイプである。慶応3年/明治元年(1867)、東京で初めて西洋料理店を開業することになった三河屋久兵衛が幕府外国方御役所へ提出した『西洋御料理御献立』には、海老カレー(海老 白飯 ウコン ヤシウ油製 外役味付)とチキンカレー(若女鶏 白飯 ウコン製掛汁〉)が明記されているが、いまだ天武天皇が675年に発した牛・馬・犬・猿・鶏の肉食禁止令の縛りがあったこともあって、カレーライスが一気に普及するには至らなかった。

 

 カレーライスの普及は明治4年に肉食禁止令が解除され、洋食店の開業が相次いでからのこと。まだ食肉の流通が未整備のためか、明治5年発刊のレシピ本『西洋料理指南』には海老、鯛、牡蠣、鶏肉、アカガエルを使用とある。

 

『西洋料理通』
明治初期になると、外国人が多く日本に出入りするようになり、食の面でも西洋料理が食べられるようになった。ともなって洋食に関する指南書や紹介本も流通するようになっていた。(東京都立中央図書館蔵)

 

 同年刊行の別の本には牛肉と鶏とあり、長ネギを使用とするレシピもあるなど、現在の牛肉または豚肉、ジャガイモ、玉ネギ、ニンジンに落ち着くまでに、かなりの歳月と試行錯誤が繰り返されたことが、はっきりと見て取れる。

 

 話をカレーの普及に戻すと、見慣れない食べ物が一足飛びに普及するはずもなく、何かしら介在役が必要だった。

 

 その役目を果たしたのは陸軍幼年学校と札幌の農学校だった。具材は不明ながら、陸軍幼年学校では毎週土曜日をカレーの日と定め、カレーライスではなくライスカレーと称していた。

 

 札幌農学校は全寮制で、開校当初は食事がすべて洋食。ライスカレーは一日置きに出され、米食はそのときに限られたという。

 

 パンとカレーの組み合わせでも問題なさそうに思えるが、初代教頭のウィリアム・スミス・クラーク博士には何かしらこだわりがあったのかもしれない。

 

ウィリアム・スミス・クラーク
「北海道開拓の父」と呼ばれ、開拓のための指導者養成に尽力。日本人ならだれもが知っている「青年よ、大志を抱け」という言葉で有名である。クラーク博士の愛称も日本人に定着している。

 

 札幌農学校はともかく、陸軍幼年学校で週に一回食べられるメニューというだけ評判を呼んだことが想像される。

 

 家庭でもカレーが味わえるようになったのは、明治38年に初めて国産のカレー粉が発売されてからのこと。ジャガイモ、玉ネギ、ニンジンを使用したカレーの登場はもう少し先になる。

 

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島崎 晋しまざき すすむ

1963年東京生まれ。立教大学文学部史学科卒業。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て、現在、歴史作家として幅広く活躍中。主な著書に『歴史を操った魔性の女たち』(廣済堂出版)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『仕事に効く! 繰り返す世界史』(総合法令出版)、『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ)など多数。

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