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文明開化の雰囲気を感じさせる明かり「ガス灯」の歴史とは⁉

幕末~明治の偉人が生んだ制度・組織のはじまり⑱


今わたしたちの生活に当たり前にあるものも、そのスタートは必ずある。ここでは日本の夜を明るく照らした「ガス灯」のはじまりの歴史を紹介する。


 

■明治初期に全国に瞬く間に普及した「ガス灯」

 

小樽運河倉庫街に立つガス灯
大正12年に完成した運河には現在、数多くのガス灯が設置されている。

 

 日本人のマナーは明治以降に上からの指導で植え付けられたもの。その出発点となったのが明治5年(18721113日に施行された東京違式詿違条例だが、その中では「常燈台の破壊」が違式罪として挙げられ、懲役1020日と明記されている。

 

 この「常燈台」は海上の船に合図を送る燈台ではなく、街路を夜間だけ照らす街燈を指しており、江戸時代には動植物由来の灯油(ともしびあぶら)が燃料にされていた。

 

 係の人間がいて、日暮れとともに点火し、日の出とともに消す作業が繰り返されたが、東京違式詿違条例が公布された明治5年であれば、そこで意識された「常燈台」は江戸時代と同じではなく、近く全国展開が予測された、西洋式のガスを燃料とするものであったかもしれない。

 

 それより前、日本でもガスを灯火として用いる試みがなされ、盛岡藩の医師の子として生まれた島立甫(しまりゅうほ)が、江戸に滞在中の弘化3年(1846)に日本人としては初めてヨウ素の抽出に成功。安政2年(1855)頃には自宅でコールタールから発生させたガスを燃焼させたのが最古の例で、同じく盛岡藩の侍医の子息であった大島高任(おおしまたかとう)が石炭ガスを灯火として燃焼させた例もある。

 

 開明的な大名として知られる薩摩の島津斉彬(しまづなりあきら)にも、安政4年8月に自身の別邸である仙厳園(せんがんえん)でガス灯の点火実験を成功させ、城下への設置を計画しながら、翌年7月に急死したため頓挫した歴史があった。

 

仙厳園
島津家別邸で、日本を代表する大名庭園。桜島を望む雄大な庭園や殿様の御殿があり、斉彬近代化構想の拠点でもあった。

 

 結局、日本で最初のガス灯設置の栄誉は、フランス人技術者アンリ・プレグランの手に帰した。横浜の実業家、高島嘉右衛門からの依頼により、最初に設置がされたのは明治5年9月29日のこと。場所は外国人居留地のあった横浜の馬車道本通りから大江橋にかけてで、それまでの常夜灯と同じく、点消方という係の者が夕方に点火してまわり、翌朝にまた消灯にまわった。

 

 2年後には東京の芝浜崎町(現在・港区海岸一丁目)にガス発生所が設けられ、フランス人技師ベルグランの手で、金杉橋から新橋を経由して万世橋までガス灯を建設。同年1218日より点灯が開始された。

 

横浜の外国人居留地
江戸時代、幕府によって横浜に設けられた外国人居留地の案内図絵。日本初のガス灯はここに設置されたという。(東京都立中央図書館蔵)

 

 それまでの常夜灯とは比較にならない明るさで、明かりの種類も従来の日本のものとまったく異なる。文明開化の雰囲気を感じさせる明かりであった。

 

 ただし、明治15年には銀座に日本で最初の電灯が設置され、瞬く間に日本全国に普及したことから、ガス灯の独壇場は意外なほど短期間に終わった。

 

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島崎 晋しまざき すすむ

1963年東京生まれ。立教大学文学部史学科卒業。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て、現在、歴史作家として幅広く活躍中。主な著書に『歴史を操った魔性の女たち』(廣済堂出版)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『仕事に効く! 繰り返す世界史』(総合法令出版)、『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ)など多数。

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