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家康は「姉川の戦い」直後に信玄と断交していた

史記から読む徳川家康⑯

 信玄は家康の行動を諌めるよう信長に訴えたようだが、信長は同盟者としての家康の外交戦略を尊重する態度を明らかにしたことになる。この当時の織田・徳川両氏の同盟関係は対等だったと考えられ、その結果、家康に対する信玄の不信は、信長にも波及することになった。

 

 家康が武田氏との関係に見切りをつけたということは、逆にいえば、信玄にとっては徳川方に攻め込む口実ができたことになる。

 

 信玄は、翌1571(元亀2)年2月に遠江(現在の静岡県西部)侵攻を開始。遠江制圧の足がかりとして小山城(静岡県吉田町)を築く(『甲陽軍鑑』)と、35日には家康方の遠江・高天神城(静岡県掛川市)を攻撃した(『武徳編年集成』)。

 

 小笠原貞頼(おがさわらさだより)らの奮戦によってやむなく撤退させられたものの(『甲陽軍鑑』『浜松御在城記』「唐津小笠原文書」)、同月26日にはさらに、23000の兵を率いて三河(現在の愛知県東部)に侵入している。

 

 同年429日には、武田軍が吉田城(愛知県豊橋市)に迫ったため、家康は2000の軍勢とともに城の防備に努めた(「孕石文書」)。ところが、同年5月上旬に信玄は城攻めを諦め、領地である甲斐(現在の山梨県)に引き上げている。5月に入って吐血するなど、信玄の体調が急変したことが主な原因と見られている。

 

 同年826日、家康の嫡男・竹千代の元服を祝い、浜松城で能楽が催された。竹千代は信長から一字を与えられ「信康」を名乗ることとなる。嫡男が信長から偏諱(へんき)を与えられたとして、この時から、家康が信長に従属する立場となったとする研究もある。

 

 同年912日、浅井・朝倉連合軍を匿った比叡山延暦寺と対立した信長は、延暦寺焼き討ちを決行(『信長公記』『言継卿記』)。

 

 同年103日、北条氏康(うじやす)が死去する。後継の氏政(うじまさ)は、謙信との同盟を断ち、再び信玄と結ぶことを望んだ(「由良文書」)。信玄の娘を正室としていたことなどもあって、氏政は上杉氏より武田氏に近い立場を取っていた。氏康の遺言を忠実に実行したものとの説もある。

 

 北条氏のもとに身を寄せていた今川氏真(うじざね)は、北条氏と武田氏が同盟を結ぶにあたり、北条氏の拠点である小田原を出奔(しゅっぽん)。信玄に命を狙われていた氏真は、浜松に逃れて家康の庇護を受けることになった(『東照宮御実紀』『北条五代記』)。

 

 翌1572(元亀3)年325日、忠臣・鳥居忠吉(とりいただよし)が死去。齢80を超えていたといわれる(『東照宮御実紀』)。家督は三男の元忠が相続した。

 

 同年103日、信玄は「三ケ年之鬱憤」(「奥平道紋宛武田信玄書状」)を晴らすとして、甲斐を出発(「朝倉義景宛武田信玄書状」)。宿敵・謙信と同盟を組むなど、自身の思い通りにならない家康と、それを制止することのない信長に対しての鬱憤と考えられる。

 

 なお、この出撃をまだ知らない信長は同月5日、信玄からの要請に従い、武田・上杉の和睦に尽力していることを伝える書状を信玄に出している。

 

 信玄は、北条氏政からの援軍2000を含めた27000の軍勢を3隊に分け、同月10日に遠江に侵攻した。信長を牽制するために、同時に美濃にも軍勢を派遣している(『古今消息集』)。

 

 同月22日、信玄の動向を知った信長は、簗田広正(やなだひろまさ)らを家康に対する援軍として派遣した(「田嶋文書」)。 同年11月、信長は信玄を「前代未聞の無道者」と激しく非難(『歴代古案』)。未来永劫、手を結ぶことはないとした上で、織田・上杉の同盟を締結した(「上杉家文書」)。

 

「當家において尤險難危急なり」(『東照宮御実紀』)といわれる家康の三大合戦のうちのひとつ、三方原の戦いは、こうして始まった。『東照宮御実紀』では、姉川の戦い(1570年)、長篠の戦い(1575年)を家康の三大合戦に数えている。

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小野 雅彦おの まさひこ

秋田県出身。戦国時代や幕末など、日本史にまつわる記事を中心に雑誌やムックなどで執筆。近著に『「最弱」徳川家臣団の天下取り』(エムディエヌコーポレーション/矢部健太郎監修/2023)、執筆協力『歴史人物名鑑 徳川家康と最強の家臣団』(東京ニュース通信社/2022)などがある。

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