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GW公開の話題映画『銀河鉄道の父』で菅田将暉が見せる新たな宮沢賢治像

歴史を楽しむ「映画の時間」第32回 


没後90年となる宮沢賢治を菅田将暉が演じる話題作『銀河鉄道の父』が公開。門井慶喜の直木賞受賞作の映画化で、父・政次郎や妹・トシら家族との深い情愛が描かれた話題作だ。童話作家・詩人として知られる宮沢賢治は明治、昭和をいかに生きたのかーー新たな人間像が見えてくる1本だ。


没後90年となる宮沢賢治の生涯を家族の視点で見つめた話題作

宮沢賢治の生涯を家族の視点で見つめ直した話題作『銀河鉄道の父』  c)2022「銀河鉄道の父」製作委員会

 成島出(なるしま・いずる)監督、役所広司(やくしょ・こうじ)、菅田将暉(すだ・まさき)が出演した『銀河鉄道の父』は、詩人・童話作家の宮沢賢治(みやざわ・けんじ)没後90年を記念して作られた、門井慶喜(かどい・よしのぶ)の第158回直木賞受賞作の映画化。賢治の父・政次郎を中心に、家族の視点から宮沢賢治の生涯を見つめた、愛に溢れたホームドラマである。

 

出版された本が全く売れないまま、37歳で亡くなった宮沢賢治

 

 宮沢賢治は1896年、現在の岩手県花巻市で質屋・古着商を営む豪商・宮沢家の長男として生まれたが、家業を嫌って農民の役に立ちたいと盛岡高等農林学校に進学。在学中から短歌や短編童話を書き始めた。創作活動の傍ら法華経に傾倒し、浄土真宗を信仰する父・政次郎と対立。人造宝石の販売など、様々な事業を試みるがうまくゆかず、後の花巻農学校の教師になった。教師生活の後、農業と文化活動を融合させた新しい農村の建設を目指して「羅須地人協会」を設立するものの、やがて病魔に襲われ、1933年に37歳の若さで世を去っている。

 

 賢治の本で生前に出版されたのは、自費出版の心象スケッチ『春と修羅』と童話集『注文の多い料理店』の2冊に過ぎず、しかも本は全く売れなかった。彼の作品が脚光を浴びるようになったのは、賢治が亡くなった翌年、『宮澤賢治全集』(3)が出版されてからである。

 

チェロ演奏や鉱物採取・宗教研究など多岐にわたった賢治の趣味

c)2022「銀河鉄道の父」製作委員会

 

 今回の映画では明治から昭和の世を背景に、賢治の誕生から亡くなるまでを描いている。経歴を見てもわかるように、賢治は存命中に社会から注目を浴びた偉人ではなかった。ただ短歌・詩・童話などの創作活動は勿論だが、チェロの演奏を始めとする音楽活動(ただし演奏自体は下手だった)、趣味の山歩きに伴う鉱物採取、農民の生活を改善するための肥料設計、さらには法華経に入れ込む宗教研究など、その興味の対象は芸術・科学・宗教、さらには農業の実践者など多岐にわたった。

 

「厳しい父親」が定説だった政次郎の新たな一面

c)2022「銀河鉄道の父」製作委員会

 こういう彼の活動を、意見の対立がありながらサポートしたのが花巻で富裕な実業家だった父・政次郎で、また政次郎は賢治が6歳で赤痢に罹ったとき、自ら息子を看病したイクメンの元祖でもあった。

 

 これまで賢治の生涯を描いたものでは、宮沢賢治生誕100年を記念した1996年に2本の映画が作られている。1本は『宮澤賢治─その愛─』で、賢治を三上博史(みかみ・ひろし)が、政次郎を仲代達矢(なかだい・たつや)が演じ、もう1本の『わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語』では緒形直人(おがた・なおと)が賢治を、政次郎を渡哲也(わたり・てつや)が演じた。どちらも政次郎は厳しい父親像に描かれていて、これまでの政次郎のイメージはそれが定説。

 

 だが門井慶喜の原作では純粋に息子を愛する父親像が強調され、さらに今回、政次郎を演じた役所広司が大事にしたのは、彼が持つユーモア。実際、賢治は妹のトシが東京で病気になったとき、母親と一緒に上京して彼女を看病したが、一人花巻に残った父親のことを「厳しい風を装っているが、隙のある父のことが心配だ」と書き残している。

 

 役所は商才に長けていたが、どこか人間的には隙のある愛すべき男として政次郎を捉え、随所で笑いを誘う演技を披露。例えば商用で東京に出たとき、本屋で平積みになっている賢治の本がまったく売れず、本屋の店員がバカにするのを聞いて、「お前に、宮沢賢治の何がわかる」と本気で怒ってみせるところなど、息子に対して無垢な愛を捧げる父親の心情が出ている。

 

俳優・役所広司に「宮沢賢治俳優としてベスト」といわれた菅田将暉

c)2022「銀河鉄道の父」製作委員会

 その役所が「宮沢賢治俳優としてベスト」だというのが、賢治を演じた菅田将暉。先述したように賢治は文学だけでなく曲の作曲など、多彩な分野で才能を発揮したが、菅田もまた俳優のほかに歌手としても活躍するマルチなアーティスト。今回はチェロの演奏に自ら挑戦し、劇中ではチェロの弾き語りも披露している。そんな彼だけに、興味のあることに何でものめり込んでいく賢治の人間性を表現。はまり役である。初共演の役所との芝居も相性が良く、親子で家業や将来のことで意見を闘わせる場面でも、二人の間には情愛が感じられ、会話劇としても見応えのあるものになっている。

 

 賢治の臨終の場に政次郎が立ち会うのは映画の創作だが、ここは作品の大きな見せ場。政次郎の息子への愛が凝縮されたこの場面で、役所が朗読する賢治の詩「雨ニモマケズ」は、観る者の心に強く印象に残るだろう。偉人・宮沢賢治ではなく、親子の関係から見た賢治を描いたことで、より賢治が遺した作品の背景が浮き彫りになって伝わってくる、見事な映画が誕生した。

 

 

【映画情報】

55日(金・祝)より全国で公開。

『銀河鉄道の父』

監督/成島出

出演/役所広司、菅田将暉、森七菜、豊田裕大、坂井真紀、田中泯ほか

時間/128分 製作年/2023年 製作国/日本

 

公式サイト

https://ginga-movie.com/

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金澤 誠かなざわ まこと

1961年生まれ。映画ライター。『キネマ旬報』などに執筆。これまで取材した映画人は、黒澤明や高倉健など8000人を超える。主な著書に『誰かが行かねば、道はできない』(木村大作と共著)、『映画道楽』、『新・映画道楽~ちょい町エレジー』(鈴木敏夫と共著)などがある。現在『キネマ旬報』誌上で、録音技師・紅谷愃一の映画人生をたどる『神の耳を持つ男』を連載中。

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