遊女や芸者ではない素人のことを「地者(じもの)」と呼んだ【江戸の性語辞典】
江戸時代の性語㊶
我々が普段使っている言葉は時代とともに変化している。性に関する言葉も今と昔では違う。ここでは江戸時代に使われてた性語を紹介していく。
■地者(じもの)
素人(しろうと)の女のこと。遊女や芸者を玄人(くろうと)と呼ぶのに対して、そうでない女をいう。
つまり、玄人でない女は素人であり、すなわち地者である。地女(じおんな)という言い方もあった。
図は、地者。人妻で、しかも上開(じょうかい、⑬参照)のようだ。

【図】地者(『絵本笑上戸』喜多川歌麿、享和3年、国際日本文化研究センター蔵)
①春本『艶本葉男婦舞喜』(喜多川歌麿、享和二年)
昼間、ほかに人がいないのをみすまし、下男が下女にいどみかかった。
女「離さねえと、大きな声をするによ。いけ図々しい」
男「それでも、もう、ずるずると入ったものを。いまさら、これがどうされるものか。まあ、ちっと辛抱して、気をやらせてくだせえ。とても、おいらがような男は、こんな無体なことでなけりゃあ、一生、地者のぼぼをするこたぁならねえ。恥ずかしいこったが、おととし夜鷹を買って、去年、舟饅頭を買ったままで、いっそ魔羅がひもじがっているところだから」
「ぼぼ」は女性器のこと。
下男の述懐はなんともおかしいが、当時の奉公人が置かれていたきびしい状況を示している。
武家屋敷や商家の下男は薄給であり、しかも住み込みなので結婚もできない。
夜鷹や舟饅頭などの下級娼婦と、たまにセックスをするのがせいぜいだった。
②戯作『浮世風呂』(式亭三馬著、文化十年)
女が、自分の姉の夫が近所の娘らに手を出して困ると、こぼす。それを聞いて、年上の女が言う。
「女郎買いは大概、程があるからよいけれどの。地者好きのぼろっ買いというものが、性悪でいかねえものさ。……(中略)……男なら男のように、金を使って売り物、買物がよいわな」
「ぼろっ買い」は、下女など下層の女に手を出すこと。
当時の女の感覚がわかろう。
男の女郎買いはある程度は仕方がないとして認めるが、地者の女と情事をするのは嫌ったのである。
③春本『泉湯新話』(歌川国貞、文政十年)
大きな商家の十六歳の息子が、嫁を迎えるのを嫌がっていた。父親は、息子はまだ童貞で、女の味を知らぬから嫌がるのだと思い、結婚の前に筆おろしをさせようと考えた。
「どうぞ、女の味を覚えさせてやりたいものだ。さりながら、女郎買いにやって、また病みつきになられてはならぬから、どうぞ、なろうことなら、地者でたった一度、覚えさせてやりたい」
親としては、吉原などで筆おろしをさせるのは心配なのだ。遊女に迷い、放蕩を始める恐れがあった。
そこで、地者で筆おろしをさせたい、と。
④春本『開註年中行誌』(歌川芳虎、天保五年)
魚の行商人を、女が誘惑する。
女「さぞ、女が惚れて、うるさかろうねぇ」
男「とんだことを言いなはらぁ。わっちがような者は、女にやさしく言われたこたぁ、ねえね。地者はもちろんのこったが、売り物買い物の売女(ばいじょ)にまで、生臭え野郎は嫌いだの、なんかのと言いやがらぁ」
魚屋は魚のにおいがしみついているため、金で買う遊女にまで嫌われる、と嘆いている。
[『歴史人』電子版]
歴史人 大人の歴史学び直しシリーズvol.4
永井義男著 「江戸の遊郭」
現代でも地名として残る吉原を中心に、江戸時代の性風俗を紹介。町のラブホテルとして機能した「出合茶屋」や、非合法の風俗として人気を集めた「岡場所」などを現代に換算した料金相場とともに解説する。