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大内義隆軍を打ち破った三島水軍の長・鶴姫の入水伝説とは?

鬼滅の戦史123


戦国時代に大内義隆(おおうちよしたか)軍を打ち破った三島水軍の長が、実は鶴姫(つるひめ)という名の乙女だったとまことしやかに伝えられている。大山祇(おおやまづみ)神社の大宮司(大祝職)の娘とはいえ、甲冑(かっちゅう)を纏(まと)い、大薙刀(おおなぎなた)を振りかざして戦場を駆け巡ったとか。しかし、その戦いのさなかに恋人が戦死。勝利をつかんだにもかかわらず、沖に船を繰り出して入水したという。それは果たして本当のことだったのだろうか?


 

女性用の鎧(?)を着て自ら出陣

愛媛県今治市大三島町にある大山祇神社。宝物館では平安中期の鎧など、数多くの貴重な鎧を保存展示しており、訪れる歴史ファンも多い

 大山祇神社(大三島)の大宮司に、鶴姫という名の娘がいたという。大祝の職に就いていた大祝安用(おおほうりやすもち)の娘とされるが、実のところ、実在したかどうか定かではない。半世紀以上前に出版された、ある小説がもととなってその名が広まった女性である。大三島へと侵攻を繰り返す周防の大内氏に対して、兵を率いて顕然(けんぜん)と立ち向かったと、その名が伝えられている。一説によれば、女性用(?)の鎧(紺糸裾素懸威胴丸)を身に纏って戦場を駆け巡ったとか。そこから、瀬戸内のジャンヌダルクと呼ばれたとも。

 

 その出身氏族である大祝氏とは、大山祇神社の神職でありながらも、戦時下においては一族の中から陣代(海軍大将)を立てて戦場に派遣していたというから、軍事氏族としての一面も兼ねていたようである。

 

 その鶴姫の父の代に陣代として出陣したのが鶴姫の兄・安舎(やすおく)で、同族にあたる越智氏や河野氏共々、三島水軍を率いて大内氏に立ち向かったというのだ。

 

 芸予(げいよ)諸島を拠点とする村上水軍は、日本屈指の海賊衆として謳(うた)われているが、その西に位置する大三島にも、三島水軍が勢威を示していたのである。つまり三島水軍とは、瀬戸内海にあまた居並ぶ水軍(海賊でもあった)の中でも、村上水軍と並ぶ屈指の実力を誇る水軍の一つだったのだ。  

 

恋人の死を悼んで自ら入水

 

 一方、この時代といえば、中国地方から北九州に至るまで大勢力を誇っていた大内義隆が闊歩(かっぽ)していた頃である。その支配下にあった白井房胤(しらいふさたね)らが侵攻してきたため、長兄に代わって陣代を継いだ次兄の安房が、三島水軍を率いてこれに立ち向かっている。しかし、奮闘虚しく、ついには安房も戦死してしまった。

 

 これに憤慨して顕然と立ち上がったのが、一説によると前述の妹の鶴姫であった。甲冑を身に付け、その上から赤い衣を纏い、早船に乗って敵陣へと繰り出したというのだ。

 

 鶴姫は大薙刀を振りかざして、味方を鼓舞。その姿のまま切り込んだため、当初敵兵は、遊女がやってきたと油断したとか。そこをすかさず威勢良く切り込んだのだから、敵兵たちも驚いたに違いない。慌てているうちに、次々と鶴姫に討ち取られたとか。その際、「我は三島明神の鶴姫なり!」と叫んだというから、まさにジャンヌダルク同様の勇ましさであった。

 

 もちろん、敗走したのは大内氏側であった。その2年後の1543年にも、大内義隆が配下の陶隆房に水軍を率いさせて出陣している。この時は大祝氏側の水軍の兵士たちの多くを討ち取ったものの、最後に夜襲を仕掛けられて敗北。大祝氏側が見事、大内氏を敗走させるのに成功したとも。伝説では、それを指揮したのが鶴姫ということになっているが、果たして伝説の域を出るものであるのかどうか?

 

 その真偽はともあれ、続く恋物語が、何とも儚いのだ。兄の安舎の配下に越智安成という小冠者(元服したばかりの若者)がいたが、彼が鶴姫の片腕となって奮戦するも、戦いのさなかに討死。鶴姫の身を守るために、自身が身を呈したが為に敵兵に討ち取られてしまった。

 

 鶴姫は安成に恋心を抱いていたため、その死を知って落胆。恋い焦がれる人を喪った悲しみのあまり、戦いの後、沖に舟を漕ぎ出してそのまま入水してしまったという。その際に詠んだとされるのが、

 

「我が恋は 三島の浦の うつせ貝 むなしくなりて 名をぞわづらふ」

 

という句であった。恋人の死を儚み、心にぽっかりと空いた虚しさをこれでもかと言わんばかりに謳いあげている。かの大内義隆をも撃退した勇ましい姫将軍でありながらも、その実、恋人の死を儚んで自害するという、情感豊かな乙女であった。享年18だったというから、何とも切ないお話であった。

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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