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諸葛孔明に7回も捕まった孟獲は実在した? 疑問だらけの「南蛮征伐」の謎を解く

ここからはじめる! 三国志入門 第74回

なぜ孟獲は南蛮王に改変されたのか?

 

「演義」前半に登場する、架空人物の多くが関羽や趙雲などの「やられ役」としたら、南蛮の武将たちは後半の「やられ役」の最たる例だろう。木鹿大王や兀突骨など、いずれも蛮族の王だが、孟獲は彼らを束ねる「王の中の王」。それを諸葛亮が力ではなく「心」で服させ、知絶の偉大さを示そうという意図と考えられる。

 

 孟獲は実在の人物と考えていいが、実際には南蛮王ではなく、中華圏の地方豪族だった。いわば董卓(とうたく)や韓遂(かんすい)と同じような人物だ。馬騰(ばとう)などは、羌族のハーフだったという。

 

 孟獲もそういう人で、地元では相当に名高かったのかもしれない。蜀漢正統論が高まるなかで「演義」の成立以前に出回っていた『三国志平話』(元の時代・14世紀成立)には、この南蛮征伐で登場するのは「蛮王孟獲」だけだ。先に挙げた木鹿大王や兀突骨などは『三国志演義』が完成していく過程で付け足された存在である。

 

 正史では「南中」と記されるところ、小説では「南蛮」とされてしまったわけである。今回は文量の都合で簡潔に述べるにとどめるが、南蛮は「野蛮」だとか「蛮勇」の意と考えればいい。

 

 ともあれ、この「南蛮征伐」の部分がほとんど創作なのは、その前後に描かれるのが「夷陵(いりょう)の戦い」と「北伐」だからであろう。関羽の仇討ちならずして劉備が世を去り、諸葛亮が陣没する悲痛な展開は動かせない。そこで未開の地の蛮族を諸葛亮が痛快に退治して、留飲を下げさせるという展開が求められたと思われる。

 

突如現れて消える、関羽の三男・関索のなぞ

 

 この南蛮征伐のさなか、突然登場するのが関索(かんさく)だ。「行方不明だった関羽の三男」と名乗り、諸葛亮を大喜びさせる。しかし、少しばかり活躍したかと思えば、南征が終わるや、いつの間にか消えている。関羽の遺児は関興(かんこう)がいるにも関わらず、いきなり登場し、さほど出番もなくフェードアウトしてしまう。

 

 いったい何者なのか。実は彼は15世紀ごろには出ていた、スピンオフ作品『花関索伝』(かかさんさくでん)の主人公。そこでは鮑三娘(ほうさんじょう)なる武勇自慢の美女を打ち負かして妻にするなどの逸話がある。関索はそれをもとにした京劇の主役でもあり「演義」での地味な活躍とは裏腹に、中国ではそれなりに名の通った英雄でもある。

 

「演義」には、いくつもバージョン違いがある。関索は現在出回っている毛宗崗(もうそうこう)本などの「演義」では、諸葛亮の南蛮征伐で少しだけ活躍する。しかし、それよりも古いバージョンには関索が生前の関羽を訪ね再会する場面、南蛮征伐の後に病死する場面などを描くものがある。関羽人気の高まりから生まれた別の小説が、本家たる「演義」に取り入れられたと思われる。

 

 先の『三国志平話』にも南征で「関索がわざと負けて逃げ」と、名前が不意に1ヵ所だけ出てくる。それも長い歳月のなかで様々な物語が加わったり消されたりした痕跡だろう。

 

 正史をベースに三国志を見る限り、この「南蛮征伐」は荒唐無稽(こうとうむけい)というべきか、まるっきり出鱈目(でたらめ)な展開なので不要だと思う読者もいるだろう。しかし、漫画の横山光輝『三国志』やゲームなどを見ても分かるように、実にコミカルで印象的な場面に昇華され、物語に濃厚な彩りを添える。逆にこの南蛮の部分が好きという人もいるぐらいなのだ。

 

 中国の雲南省には孟獲の墓や関索廟(かんさくびょう)があり、貴州省には藤甲部落などという、物語由来と思われる史跡まで存在する。そうした部分からは「演義」という偉大な物語が成立するうえでの時代背景や、その当時の人々の世界感や価値観などが察せられるし、三国志を知るうえでは読んでおきたい部分といえよう。

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上永哲矢うえなが てつや

歴史著述家・紀行作家。神奈川県出身。日本の歴史および「三国志」をはじめとする中国史の記事を多数手がけ、日本全国や中国各地や台湾の現地取材も精力的に行なう。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄)、『戦国武将を癒やした温泉』(天夢人/山と渓谷社)、共著に『密教の聖地 高野山 その聖地に眠る偉人たち』(三栄)など。

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