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貂蝉や周倉以外も多数!『三国志演義』前半を盛り上げる「架空」の武将たちの魅力

ここからはじめる! 三国志入門 第73回


『三国志演義』(以下「演義」)には、正史『三国志』に確認できない人物が数多く登場する。物語に突如、現れては消える儚(はかな)い存在だが、読み手にかなりのインパクトを残す者もいる。今回は、彼らがなぜ物語のなかに登場するのか。また、どんな役割を果たしてきたのか。主に「物語前半」に登場する人物から探りたい。


 

その場限りで一発退場する「やられ役」たち

中華民国十六年再販 連関図書三國志(世界書局)より

 

「演義」の架空の人物といえば、その代表格が美女の貂蝉(ちょうせん)や、関羽の側近として活躍する周倉(しゅうそう)だろう。彼らは呂布(りょふ)や関羽(かんう)といったヒーローとの関わりが深く、また複数回にわたって登場するため、実在の人物と信じてしまう人もいるほどの存在だ。貂蝉や周倉には、名前こそ残っていないがモデルになった人物がいたらしいことは正史と「演義」を比較して読むと理解できる。

 

 だが、他の架空人物の多くは「一話退場」の泡沫(うたかた)のような存在である。最も多いのは、関羽や張飛(ちょうひ)などの猛将に討たれるために登場する「引き立て役」だ。たとえば「演義」第1回に黄巾党の将として登場する程遠志(ていえんし)、鄧茂(とうも)の2人。彼らは関羽と張飛に一撃で斬られ、その初陣に花を持たせる役どころである。

 

 第5回の汜水関(しすいかん)の戦いには、猛将の華雄(かゆう)に連合軍の武将3人(鮑忠/ほうちゅう・兪渉/ゆしょう・潘鳳/はんほう)が立て続けに斬られる場面がある。彼ら3人は架空の存在ながら、華雄がいかに強いかを示す役回りで、物語を大いに盛り上げる。しかし、その強い華雄をさらに強い関羽が一撃で討ち取り、底知れぬ武勇を見せつけるのだ。

 

 つづく虎牢関(ころうかん)も似たような展開で、同じく呂布が連合軍の3将(方悦・穆順・武安国)を次々と破る。そこへ張飛たちが出てきて呂布に挑む「三英戦呂布」の名場面につながる。

 

 ちなみに、この3人目の武安国(ぶあんこく)という武将は呂布に片腕を斬られて敗退するも、しばらく持ち応え、しかも運よく逃亡にも成功している。鉄槌(てっつい)という得物を操り、呂布に殺されなかった武安国、一体どんな猛者かと想像が膨らむ。

 

 また「関羽千里行」では、劉備のもとへ帰ろうとする関羽の行く手を阻む6人の将が登場するが、彼らもすべて架空の存在だ。長坂坡(ちょうはんは)で、趙雲(ちょううん)に次々と討たれる曹操軍の将、夏侯恩(かこうおん)、晏明(あんめい)といった連中も同様である。

 

 夏侯恩といえば、青釭(せいこう)の剣を曹操に託されているという、いささか特殊な設定を持つ男。そのことから決して弱くはないと思われるが、まったく趙雲の相手にはならず一発退場するのは拍子抜けである。

 

 これまでに挙げた彼らは、みな関羽や趙雲などの強さを際立たせるために出てくる、いわば「やられ役」「ザコ将」。蜀を正義とする「演義」を盛り上げるための役どころとして、つくり出された存在だ。

 

「助っ人」として登場する架空の人物たち

 

 一方で「助っ人」として登場する架空の人物もいる。「関羽千里行」で関羽を助ける胡華(こか)、胡班(こはん)父子だ。彼らは関羽一行に宿をとらせ、また宿舎への襲撃計画を事前に教えて脱出させる。胡班はのちに関羽に仕え、蜀将として活躍するという後日談もある。

「絵本通俗三國志」より 劉安妻の肉を煮て玄徳に献ず

 呂布に敗れて逃亡中の劉備を一晩かくまうのが、劉安(りゅうあん)という猟師だ。劉安は肉を煮て劉備一行にふるまうが、翌朝、その肉は彼が害した妻の身体から削りとったものと判明する。顛末を知った劉備は、大変に悲しんで礼を述べ、後で金を贈って労をねぎらう。

 

 吉川英治『三国志』は、この場面に著者自身が異例の注釈を挿入する。「日本人のもつ古来の情愛や道徳ではそのまま理解しにくい、不快をさえ覚える話」と述べたうえで、「いざ鎌倉」の語源となった能の演目『鉢の木』(はちのき)を例に挙げる。佐野源左衛門(げんざえもん)が薪の代わりに秘蔵の鉢植えの木を切って焚き、北条時頼に暖をとらせるというものだ。

 

 吉川は「中古支那の道義観や民情、そういう彼我の相違を読み知ることも、三国志の持つ一つの意義でもある」と注を締めくくる。

 

 今回は主に「演義」前半を参照しているが、少し後になると賄賂に目がくらんで馬超(ばちょう)を亡命に追い込む楊松(ようしょう)のような人物も出てくる。この手の輩は当時いくらでも居ただろうし、なかなかに人間臭い。歴史は書かれていることがすべてではない……そう考えると、彼らもまったくの創作の産物ではないと思えてくる。

 

 三国志は正史をベースに追うと、架空の人物の存在自体が疑問に思えたり、注目する必要もなく思えたりもする。だが吉川がいうように、三国志の広まりや「演義」という物語の成立過程を考えるうえでは欠かせない存在であり、意義があるといえよう。

 

 また毎年話題となる大河ドラマでも、架空の人物がよく登場し、物語の進行に大きな影響を及ぼすことがある。それと同様、彼らこそは史書に名が記されずに去った無数の人々、あるいは群衆の代表者であり、代弁者なのかもしれない。

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上永哲矢うえなが てつや

歴史著述家・紀行作家。神奈川県出身。日本の歴史および「三国志」をはじめとする中国史の記事を多数手がけ、日本全国や中国各地や台湾の現地取材も精力的に行なう。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄)、『戦国武将を癒やした温泉』(天夢人/山と渓谷社)、共著に『密教の聖地 高野山 その聖地に眠る偉人たち』(三栄)など。

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