Ifの信長史 第4回~明智の雑兵に扮して本能寺を脱出する信長!~
大混乱の境内ではどの顔も泥と血と煤で見分けがつかなかった
大混乱の境内ではどの顔も泥と血と煤で見分けがつかなかった
「夜着をお脱ぎあそばされよ」蘭丸の気転により、信長は、素肌の上に侵入してきた雑兵の小具足をつけ、爆破によって炎上している本能寺の境内に立った。すでに直子は下女たちに紛れて寺を脱しており、残るは信長とそのわずかな供回りだけだった。とはいえ、早くも半数以上が倒れている。蘭丸は泥を手にして、信長の顔といわず手足といわずそこらじゅうに塗りたくり、
——ご辛抱めされよ。
と、叫んだ。
あとは、主従もろとも雑兵にまぎれた。
境内は、攻め込んだ明智勢でごったがえしている。どの顔も泥と血と煤で汚れ、まるで見分けがつかない。そこへもって、弾薬庫が次々に爆ぜて轟音が木霊し、耳をふさいでも鼓膜が破れそうな状態となっている。誰もが狂乱、逃げまどう織田方の者を殺め、さらに火をかけた。信長は蘭丸と共にそうした兵にまぎれて境内を抜け、濠を渡った。
しかし、なんとか本能寺の北裏へ出たものの、光秀の手勢がひしめき、混乱が混乱を呼んでいる。と、そのとき、うしろから、声が掛けられた。阿弥陀寺の清玉である。
信長があれこれとなく目をかけている浄土宗鎮西派の住職で、阿弥陀寺は本能寺から北へ一里弱の西ノ京蓮台野芝薬師(上京今出川大宮)にある。信長は清玉と共に阿弥陀寺へと難を逃れた。ともかくは、安土城へ逃げねばならない。安土では蒲生賢秀・氏郷が留守を守っている。安土城にさえ戻れれば、光秀など恐るるに足りない。
「大津じゃ。大津には、大船がある」
佐和山の大船と伝えられるもので、信長がその船に乗って安土へ向かえばいいという。
「となれば、山科越えにござりまするな」
清玉はひとつの案を出した。そもそも阿弥陀寺は近江国坂本に創建したもので、故地を訪ね、いまだ残されている堂宇を拝み、無縁仏に経を捧げるのは自分たちの務めである。その一行に紛れて行けばいいと。信長は腰をあげた。直子を阿弥陀寺に託し、主従ともども僧衣に身を包んですぐさま出発した。
(次回に続く)