高貴な家柄ながら坂東の地で没落した「牧氏」
北条氏を巡る「氏族」たち㉗
9月25日(日)放送の『鎌倉殿の13人』第37回「オンベレブンビンバ」では、執権の座にありながら権力のほとんどを奪われる形となった北条時政(ほうじょうときまさ/坂東彌十郎)の反撃の様子が描かれた。背後で糸を引くのは、その妻・りく(宮沢りえ)。時政の子であり、幕府の要職にある北条政子(まさこ/小池栄子)や北条義時(よしとき/小栗旬)は、世を統べる統治者としての役割と、親子の情との狭間に立たされることとなった。
父の起死回生の一手で一族の分裂が決定的に

JR御殿場線の大岡駅。牧氏が本領としていた駿河国大岡牧は、現在の静岡県沼津市長泉町の付近とされている。北条時政が大岡牧の地頭だった関係から、牧の方との婚姻に至ったとの説もある。
息子・北条義時によって、北条時政の執権としての権限は次々に制限された。そのうちの一つである訴訟は、3代鎌倉殿の源実朝(みなもとのさねとも/柿澤勇人)が行なうべきところを、娘である尼御台・北条政子が代理で裁いている。
巻き返しを図る時政は、義時や政子らに掌握される実朝を鎌倉殿の座から引きずり下ろし、自身の娘婿であり、源氏の血筋である平賀朝雅(ひらがともまさ/山中崇)に次の鎌倉殿を継がせる計画を立てる。発案は、時政以上に事態の挽回に執心している妻・りく。
時政は、御家人の三浦義村(みうらよしむら/山本耕史)に根回しをして味方につけた上で、実朝を拉致。自身の邸宅で、実朝に出家を迫った。
一連の計画を義村から密かに聞かされていた義時だったが、ついに時政が動き出したことを知ると、これを謀反と認定。息子の泰時(やすとき/坂口健太郎)や、弟の時房(ときふさ/瀬戸康史)、政子が引き止めるなか、義時は時政討伐の兵を挙げるという苦渋の決断を下したのだった。
権力に固執した若き後妻
牧氏は駿河国駿河郡大岡牧(現在の静岡県沼津市大岡)を本拠としていた武家。地名にもとづき、大岡姓を名乗っていた。
一説によれば、一族の祖となるのは関白を務めた公卿・藤原道隆(ふじわらのみちたか)。これが事実であれば、牧氏は藤原四家の家系のひとつである藤原北家の流れとなる。藤原四家とは、奈良時代の政治家である藤原不比等の4人の息子たちを始祖とする4つの家系のことだ。
牧氏の流れにおいて名が知られるのは、牧宗親(まきむねちか/あるいは大岡宗親)。平家一門の平忠盛(たいらのただもり)の妻である池禅尼(いけのぜんに/宗子)の弟・藤原宗親(むねちか)と同一人物であるとの説もあるが、詳細は不明だ。仮にこの説が正しければ、牧氏はかなり高貴な一族だったことになる。
なお、忠盛は平清盛(たいらのきよもり)の父。池禅尼は清盛にとって継母に当たる。
宗親が仕えたとされるのが、池禅尼の生んだ子である平頼盛(たいらのよりもり)。つまり、頼盛は清盛の異母弟になる。頼盛は後白河法皇と極めて親しい関係を築いたことで知られる。法皇と清盛が対立すると、その立場を危うくしたほど平家一門の中では特異な存在だったようだ。
そんな頼盛の特異性は、平家と対立する存在だった源氏ともつながりが深かったことからもうかがえる。宗親が鎌倉幕府の御家人となったのも、頼盛との関係があったからと考えられている。また、北条氏とは早くから関係があったとする説もある。
天台宗の僧侶である慈円(じえん)による歴史書『愚管抄』によれば、宗親は「武者にもあらず」との記述があるという。頼盛の下では朝廷の文官として働いていたようだが、鎌倉幕府の公式記録とされる『吾妻鏡』では警備などを担当する武士としての役割を与えられていたことが記されている。
牧の方(ドラマではりく)は、宗親の娘(『愚管抄』)とも妹(『吾妻鏡』)ともいわれる。北条時政に嫁したのがいつのことかは分からないが、時政にとってはずいぶん年齢の離れた再婚相手ということは間違いなさそうだ。『愚管抄』には「時正(時政)ワカキ妻ヲ設ケテ」とある。
牧の方と時政との間に生まれた子は、少なくとも5人。北条政範(まさのり)以外は娘で、御家人の稲毛重成(いなげしげなり)や平賀朝雅、宇都宮頼綱(うつのみやよりつな)などに嫁いでいることが分かっている。
牧の方が関わったことで広く世に知られるのは、「亀の前事件」と「牧の方事件」である。
前者は、牧の方から北条政子へ、後者は牧の方から時政への密告から端を発した事件。いずれの事件も夫・時政が鎌倉から離れなければならなくなるほどの大騒動に発展しており、このことから、牧の方は権力を手中におさめようとあれこれ画策した若き後妻と描かれることが多い。
なお、宗親は「亀の前事件」において源頼朝に髻を切られるという処罰を受けている。その恥辱に耐えかね、一時期、政権から離れていたが、後に時政の側近として仕えたらしい。
牧の方の生没年は分かっていないが、晩年は京都で優雅に暮らしたと伝わっている。