×
日本史
世界史
連載
ニュース
エンタメ
誌面連動企画

源氏一門として幕府に重用された「平賀氏」

北条氏を巡る「氏族」たち㉖


9月11日(日)放送の『鎌倉殿の13人』第35回「苦い盃」では、執権・北条時政(ほうじょうときまさ/坂東彌十郎)とその妻りく(宮沢りえ)の最愛の息子・北条政範(まさのり/中川翼)の死をめぐる御家人たちの駆け引きが描かれた。虚々実々(きょきょじつじつ)の噂が駆け巡る鎌倉に、再び戦乱の兆しが見え始めていた。


 

頂法寺六角堂

京都府京都市にある頂法寺六角堂。京都守護を務め、在京することの多かった平賀朝雅の邸宅は、六角堂の周辺にあったと考えられている。

 

幕府の忠臣・畠山重忠に危機が迫る

 

 元久元年(12041210日。3代将軍・源実朝(みなもとのさねとも/柿澤勇人)と結婚するため、後鳥羽上皇の従妹・千世(ちよ/加藤小夏)が鎌倉に到着した。

 

 実朝が結婚して朝廷と縁続きになることを誰よりも願っていた時政の妻・りくだったが、愛息・北条政範を突然失った悲しみから立ち直れずにいた。

 

 そんななか、平賀朝雅(ひらがともまさ/山中崇)による政範の毒殺説が持ち上がる。御家人・畠山重忠(はたけやましげただ/中川大志)の息子・重保(しげやす/杉田雷麟)が、朝雅の不審な行動を目撃したという。朝雅は執権・北条時政にとって娘婿であり、報告を受けた宿老・北条義時(よしとき/小栗旬)もにわかには信じがたかった。

 

 朝雅は重保の証言を逆手にとり、政範毒殺の真犯人は重保だとりくに耳打ちする。怒り狂ったりくは、夫の時政に畠山氏を討つよう懇願する。

 

 畠山氏討伐という最悪の事態を避けるため、義時は朝雅と重保、両方から聞き取りを行なった。義時は畠山氏の無実を信じつつ、重忠に慎重に行動するよう忠告した。

 

 再三にわたる義時の戒めに心が揺れる時政だったが、鬼気迫るりくの突き上げを受けて、ついに決心。重忠を討つべく、動き出したのだった。

 

広島の名家の始祖となった平賀一族

 

 平賀氏は、信濃国佐久郡(現在の長野県佐久市)を本拠とした一族である。領土として与えられたのが平賀郷だったため、平賀氏を名乗っている。

 

 平賀朝雅の父・義信(よしのぶ)は、平治の乱において源義朝に付き従った。義朝は鎌倉幕府を創設した源頼朝の父にあたるが、そもそも義信は清和源氏・新羅三郎義光の孫で、すなわち源氏の一門である。

 

 義信の妻は、頼朝の乳母を務めた比企尼の三女。こうした関係性から、子の朝雅は後に頼朝の猶子となっている。

 

 頼朝が挙兵した時、義信は当初、木曽義仲に味方したようである。これは、地理的な関係によるもので、最終的には頼朝勢に与し、鎌倉幕府において重用されるようになる。実は、頼朝の弟である源範頼よりも上位の、御家人筆頭に相当する地位だったようだ。

 

 義信の長男・大内惟義(おおうちこれよし)は源平合戦で源義経とともに戦い、元暦元年(1184)、一ノ谷の戦いで戦功を立てたことで伊賀国(現在の三重県西部)守護に任命されている。

 

 さらに惟義は文治3年(1187)に美濃国(現在の岐阜県南部)守護にも任じられており、頼朝からの信任が厚かったことがうかがえる。

 

 一族がいかに重用されていたかは、惟義の弟である朝雅も武蔵守のほか、京都守護に任命されていることからも分かる。

 

 朝雅は任命直後に伊勢国(現在の三重県北中部)と伊賀国で発生した、平氏の残党による謀反(三日平氏の乱)を首尾よく鎮圧したことで、伊勢国・伊賀国の守護にも任じられ、後鳥羽上皇にも信頼された。幕府内で順調に出世コースを歩んでいたのである。幕府の実力者である北条時政・牧の方(ドラマではりく)夫妻の長女を妻としたのも、その証と見ることができるだろう。

 

 朝雅は時政・牧の方夫妻と関係を深めたことで、やがて時政の子である北条政子・義時姉弟と対立。滅ぼされることとなる。

 

 一方、兄の惟義は弟の朝雅が滅んだ後も御家人の一人として鎌倉幕府で活躍。惟義の子・惟信は、後に幕府に敵対する姿勢を見せ、一族は没落する。

 

 朝雅の弟である景平(かげひら)は、頼朝の家人であった土肥実平(どひさねひら)の子である遠平(とおひら)の養子となり、安芸国沼田荘(現在の広島県三原市)を譲られている。こちらの系統は、小早川氏を名乗り、同国で勢力を確立した。

 

 この小早川氏は、後の戦国時代に吉川氏とともに毛利元就(もうりもとなり)を支えたことで知られる名家となる。平賀朝雅は滅んだが、平賀氏の命脈は保たれたのである。

KEYWORDS:

過去記事

小野 雅彦おの まさひこ

秋田県出身。戦国時代や幕末など、日本史にまつわる記事を中心に雑誌やムックなどで執筆。著書に『なぜ家康の家臣団は最強組織になったのか 徳川幕府に学ぶ絶対勝てる組織論』(竹書房新書)、執筆協力『キッズペディア 歴史館』(小学館/2020)などがある。

最新号案内

歴史人 2022年10月号

戦国大名の勢力変遷マップ

応仁の乱から大坂の陣まで、戦国武将の勢力変遷を「戦国変遷マップ」で読み解く一冊。約150年にもわたる戦国時代には、明応の政変や三方ヶ原合戦など、節目となった合戦や出来事があった。それらを交えながら、北条早雲や織田信長、武田信玄、豊臣秀吉、伊達政宗、そして徳川家康らがしのぎを削った時代の勢力図を分かりやすく解説。特別企画では、「早わかり日本史」などの書籍で知られる歴史作家の河合敦氏が、戦国時代の魅力について新しい視点で語ってくれる。人気の戦国時代を頭から終わりまで見通せる、保存版の一冊。