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「頼家派最後の砦」が誅殺された比企能員の乱【前編】

鎌倉殿の「大粛清」劇⑥

合戦において北条氏よりも功績を有した比企能員

比企能員
比企尼は頼朝の乳母で、頼朝が一番苦しい時代を20年も支え続けた。頼朝はその恩に報い、比企尼の養子である能員を取り立てる。能員も期待に応え功績を挙げ、建久元年には頼朝に10人の成功推挙に選ばれる。
国立国会図書館蔵

 比企能員(ひきよしかず)は武蔵国(むさしのくに)比企郡の豪族である。彼の叔母は比企尼(ひきのあま)。源頼朝の乳母として頼朝が伊豆に流罪となってから、何十年も仕送りを続け、支援した女性である。比企能員の妻も頼朝の嫡子・頼家の乳母となっていることから、頼朝の比企氏への感謝の程が分かる。

 

 比企氏と源氏との繋がりは能員の娘・若狭局(わかさのつぼね)が成長した頼家の妾(めかけ)となり、一幡を産み更に強固となる。

 

 一幡が頼家の後を継ぎ、3代将軍にでもなれば、比企氏の権勢は更に増すが、それは北条氏にとっては望ましくない展開だった。

 

 ちなみに能員は、戦への出陣も多く、元暦元年(1184)5月には木曽義高(きそよしたか/義仲の子)の残党討伐のため信濃国に出兵している。同年8月上旬には源範頼(みなもとののりより)軍に属し、平家方討伐のため西国に出陣。壇ノ浦合戦で平家が滅亡してからは平家の棟梁(とうりょう)であった平宗盛が鎌倉に下向した際、頼朝の言葉を宗盛に伝える役目を担っている。

 

 文治5年(1189)の奥州藤原氏攻めに際しては北陸道の大将軍として出陣する。奥州藤原氏の残党・大河兼任(おおかわかねとう)が蜂起した時にも、大将軍の一人として出陣している。こうした数々の出陣を考えると戦に関しては、ある意味、比企氏は北条氏(時政や義時)よりも寄与しているように思われる。

 

頼朝の死後は徐々に北条氏との対立が顕在化

 

 建久元年(1190)、頼朝が上洛し、右大将に任命されたお礼参りの拝賀の行列にも、能員は義時とともに加わっている。12月11日、頼朝は院の御所に参上し、御家人10人を「左兵衛尉」「右兵衛尉」の官職に推薦しているが、その中に能員がいるのだ。能員は、頼朝の推薦により、右兵衛尉に任官する。推薦の理由は「度々の、勲功の労」によるという(『吾妻鏡/あづまかがみ』)。能員の努力が報われた瞬間であった。

 

 ちなみに他の9人は、千葉常秀(ちばつねひで)、梶原景茂(かじわらかげもち)、八田知重(はったともしげ)、三浦義村(みうらよしむら)、三浦義連(みうらよしつら)、葛西清重(かさいきよしげ)、和田義盛(わだよしもり)、足立遠元(あだちとおもと)、小山朝政(おやまともまさ)である。

 

 これらの中には、祖父や父の手柄により推薦された者もいるが、能員は自身の手柄により推薦された。この10人の中に北条氏(時政や義時)の名は見えない。頼朝は北条氏の功績よりも、比企氏の功績の方を重く見ていた可能性もあるだろう(あるいは妻・政子の親族を優遇することを躊躇したのだろうか)。

 

 このことを見ても、北条氏にとって、比企氏が目障りな存在になり得ることが理解できるが、やはり能員の娘と頼家(頼朝の子)が結び付いて、子をなしたという事実が、北条氏をもって能員を排斥しようとさせた最も大きな要因だと思う。とはいえ、比企氏の所領や所職はそれほど多いものではなかった。武蔵国比企郡と信濃国目代(しなののくにもくだい)・守護職、上野国(こうずけのくに)守護職、北陸道勧農使(ほくりくどうかんのうし)くらいである。

 

 比企氏は、頼朝・頼家との関係や、他家に娘を嫁がせることで、勢力を築いてきたのだ(信濃国の笠原親景、相模国[さがみのくに]の糟屋有季[かすやありすえ]に娘を嫁がせている)。

 

 能員の妻は、渋河兼忠(しぶかわかねただ/上野国の豪族)の娘であった。一方の北条時政も伊豆・駿河・遠江(とおとうみ)に足場がある程度であり、比企氏とそれ程変わらない。そこから見て、具体的に何人と数値を出すことはできないが、軍勢の数も大差はなかったと推測される。

 

 北条氏も頼朝の縁戚であることと、頼朝と北条政子が産んだ子(頼家・実朝)がいることが権力の源泉であった。

 

 比企能員も娘・若狭局が頼家の愛妾となり、一幡を産んだことが権力の源である。頼朝死後、北条氏と比企氏が対立していくのは、ある意味、必然と言えるであろう。

 

監修・文/濱田浩一郎

『歴史人』20227月号「源頼朝亡き後の北条義時と13人の御家人」より

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