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源義経の子・経若(千歳丸)は義経の家来・常陸坊海尊によって誰かに届けられていた?

鬼滅の戦史79


義経の家来といえば、誰もが弁慶のことを思い浮かべるが、彼同様、元僧侶だったという「海尊(かいそん)」なる御仁がいたことも忘れるわけにはいかない。衣川(ころもがわ)の戦いを前に逃亡したとの汚名が伝えられているが、実はとある命によるものだったという。それはいったいどのような内容だったのだろうか?


襲撃を恐れて逃亡?

 

奥州に逃れる途中、安宅関の場面に登場する常陸坊海尊『勧進帳』豊原国周筆/都立中央図書館蔵

 

 常陸坊海尊(ひたちぼうかいそん)なる御仁をご存知だろうか? 武蔵坊弁慶などと共に源義経に仕えた、僧侶上がりの家来である。後世、華々しく語り継がれる弁慶とは違って、その動向が話題にのぼることはあまりなかった。何とも不運というべき人であった。

 

 理由はなぜか? それは、義経が藤原泰衡(ふじわらのやすひら)の軍勢に襲われた衣川の戦いが始まる直前、彼を含めた11名の義経の家来が、山寺に参拝に出たまま帰ってこなかったことに起因する。襲撃を恐れて、逃亡を図ったと見られることも多く、卑怯者との汚名を被せられてしまったからであった。

 

 ただし、それはあくまでも憶測の域を出るものではなく、その説を覆す様々な状況証拠が浮かび上がっていることも考慮に入れるべきだろう。ここでは、海尊の汚名返上のために、弁明しておくことにしたい。

 

弁慶と並ぶ義経の家来

 

 まずは、海尊なる御仁がどのような人物であったのかから見ていくことにしよう。海尊の名が記されているのは、『源平盛衰記』や『義経記』『平家物語』などである。それらによれば、彼は元々、園城寺(おんじょうじ/三井寺)の僧侶(比叡山の僧侶だったとの説も)であったことがわかる。弁慶と共に義経の家来となって以来、奥州平泉における衣川の戦い直前まで、彼らと行動を共にしていたのだ。

 

 ところが、藤原泰衡の軍勢が義経の館に攻め込んだ時、海尊をはじめとする家来11人が、近隣の山寺にお参りに出かけていたため、この戦いに加わることができなかった。そのため、この時、義経の近辺にいたのは、わずか数名。500もの軍勢に対して、どう転んでも対処しきれるものではなかったのだ。

 

 一般的には、海尊らが襲撃を恐れて、逃げ出したと見なす向きが多いようで、後世、彼は卑怯者のレッテルを貼られて非難されたまま、いつしか忘れられた存在になってしまったのである。

 

『勧進帳(部分)』歌川豊国筆/都立中央図書館蔵

義経にとって親戚筋の伊達朝宗に託した息子

 

 しかし、この海尊の逃亡を覆す伝承が、いくつか伝えられている。それが、栃木県真岡市の遍照寺や、青森県弘前市の圓名寺(えんみょうじ)などに伝わるお話である。ここでは、海尊が生前の秀衡の命を受けて、義経の子・経若(千歳丸)を常陸入道念西(ひたちにゅうどうねんさい)を経て、伊達朝宗(だてともむね)に託したと伝えられているのだ(中村朝定を名乗ったとも)。

 

 伊達朝宗とは伊達家初代当主であるが、母は、頼朝の祖父・源為義(ためよし)の娘であった。義経にとっても親戚筋にあたる人物である。その御仁に息子を託したというのだから、海尊は逃げたのではなく、義経の子を生き延びさせるために奮走していたわけである。後に浴びせられた流言飛語の数々は、まさに濡れ衣に他ならない。むしろ彼こそ、賞賛されて然るべき人物だったのである。

 

義経の子を伊達氏に橋渡ししたとされる、藤原秀衡が眠る平泉の中尊寺金色堂/フォトライブラリー

その後400年も生きて江戸時代に出現?

 

 奇妙なのは、その後のお話である。この海尊のその後の具体的な動向は不明だが、なんと400年も過ぎた江戸時代初期に突如姿を現し、出会う人たちに源平合戦や義経伝説などを、まるで見てきたかのように語ったというのだから驚く。あり得ないほどの長寿である。人魚の肉を喰らったから、あるいは富士山の麓で飴を舐めたから不老の力を得たといわれることもある。それでもやはり死は訪れてくるようで、海尊の墓なる石碑も、岩手県洋野町(ひろのちょう)に存在する。もちろん、それが史実に基づくものとは思い難いが、海尊が果たした役割について様々な想像をめぐらせてしまうのだ。

 

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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