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「罪作りな男」源義経、その初恋の人・浄瑠璃姫とは?

鬼滅の戦史72


奥州への道すがらに出会った浄瑠璃姫(じょうるりひめ)は、義経の初恋の人といわれている。しかし、自らの命をも救ってくれた恩人であるにもかかわらず、源義経は姫を打ち捨てて奥州へと旅立ってしまい、儚(はかな)んだ姫は入水してしまったという。義経の初恋の女性とは、いったいどのような女性だったのだろうか?


女性にモテ続けた義経の魅力とは?

浄瑠璃姫と源義経。『絵本稗史小説』 第3集/国立国会図書館蔵

 天才的な閃きをもって戦いに臨み、見事なまでに平家一門を殲滅(せんめつ)した源義経。その活躍ぶりは、古今東西を見回してみても類を見ない鮮やかさであった。まさに英雄と呼ぶに相応しい名将といえるだろう。

 

 その義経も「英雄、色を好む」の喩えに漏れず、女性にまつわる艶聞に事欠かくことがなかった。とにかく、よく「モテた!」のである。

 

 義経に惚れ込んだ挙句、命を賭けて追いかけたり、再会できぬことを儚んで死の淵に身を投げてしまうという女性が、引きも切らず義経の前に現れてきたのだ。良し悪しはともかく、男として生まれてきたからには、そんな風に追いかけられてみたいと、誰もが羨んだことだろう。

 

 ただし、中尊寺所蔵の義経肖像を見る限り、決して美男子という外見ではなかったようである。『平安物語』にも、歯が出ていて身長が低かった(一説によると147㎝ぐらいだったとも)と記されているから、いったい義経のどこが魅力的で女性たちに好かれたのか、首を捻りたくなるのである。

 

 鞍馬寺において覚日和尚(かくじつおしょう)から教養を叩き込まれ、鬼一法眼(きいちほうげん)から掠(かす)め取った兵法書『六韜(りくとう)』から得た軽やかな身のこなし、さらには源氏の御曹司としての育ちの良さなどが、女性たちを虜にしてしまったのかもしれない。

 

 また一説によれば、女性と見紛うほどの美貌であったとか。見目麗しさが受けたとも考えられるのである。

 

一夜を共にした浄瑠璃姫に命を救われた?

 

 ちなみに、義経を取り巻く女性の名をほんの少し挙げただけでも、静御前(しずかごぜん)や郷御前(さとごぜん)、蕨姫(わらびひめ)、鬼一法眼の娘等々、数知れず存在する。

 

 各地に伝わる伝説伝承に登場する女人となれば、それこそ数えきれないほどである。前置きが長くなってしまったが、ここでは義経にとって初恋ともいうべき、とある女性について見ていくことにしたい。

 

 牛若丸(義経)が母・常盤御前の元を離れて、鞍馬の山中で遮那王(しゃなおう)と呼ばれて暮らし始めたのは7歳の頃(11歳とも)のこと。初恋の人との出会いは、それから幾年月が過ぎた1174年、義経15歳の頃のことであった。

 

 源氏の御曹司であるという自らの出自を知った牛若丸が、父の仇を討つために平家に一矢報いんと決意。奥州藤原氏の協力を得んと平泉に向かう途上、愛知県矢作宿に立ち寄った、その時のことである。

 

 どこからともなく聞こえてくる優雅な琴の音。これに応えるかのように義経も母の形見の笛を取り出して吹き始めた。と、その見事なまでの音色に、今度は娘の方が引き込まれてしまうのであった。その女性というのが、三河国国司の娘・浄瑠璃姫である。

 

 翌日、娘に心を寄せる義経が、再度娘の元に忍び寄り、優雅な歌のやり取りをもって口説きにかかることしきり。ついには彼女も義経の熱意に引き込まれ、ともに一夜を過ごすことになったのだ。それでも、義経は奥州へと向かうべき身の上とあって、娘に再会を約して、立ち去ってしまうのだった。

 

 ところが、義経が吹上の浜(静岡市清水区蒲原)までたどり着いたところで、瀕死の大病を患ってしまう。そこに登場するのが、薬師如来であった。この義経の苦境を娘に知らせて手引きしたのが、この仏様だったという。どのような経緯を経たものか定かではないが、娘が義経を探し出して介抱したことで、元気を取り戻したというのである。

 

義経と一夜を過ごした矢矧長者娘浄瑠璃姫『魁駒松梅桜曙幑』二世国貞筆/都立中央図書館特別文庫室蔵

義経に会えぬことを儚んで乙川へ入水

 

 ともあれ、これで話が終われば、「めでたしめでたし」となるところであるが、話はこれでは終わらない。娘と旅すがらの男との逢瀬に気付いた両親が激怒。彼女は草庵に押し込められてしまったのだ。恋い焦がれる義経を追いかけることもできずに苦しむ娘。ついには庵を抜け出して、乙川へと身を投げてしまったのだ。

 

 さらにこの悲恋物語には、後日談がある。義経が奥州から反転して都へと戻る際のことである。愛しの娘に会えると、楽しみに矢作宿へとやってきた義経。そこで、娘が自害したことを聞かされてしまう。

 

 その供養のためにと、彼女が葬られているところに出むくや、突如目の前の供養塔が裂け、中から娘の魂が飛び出して天に昇っていったという。悶々と漂う娘の霊魂が、愛しい義経と再会を果たしたことで、ようやく成仏することができたとして、物語の幕を閉じるのであった。

 

 ちなみに、この浄瑠璃姫のお話は、御伽草子の『浄瑠璃物語』(十二段草子)に記されたもので、かの人形浄瑠璃(文楽)の名の由来になったものとか。

 

 ともあれ、義経はその後も、行く先々で、何人もの見目麗しい女性たちと結ばれている。その多くが、浄瑠璃姫同様、不運な末路を辿っていったと言い伝えられているのが気になるところ。

 

 おそらくは彼自身も、その都度、目の前の女性に本気で惚れたのであろうが、何処の女性の前からも立ち去ってしまわざるを得なかったことが、不運の始まりであった。善悪はともあれ、一言で言い切ってしまえば、何とも「罪作りな男」だったのである。

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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