【江戸の性語辞典】未経験の女性に対して使う「あらばち(新開)」
江戸時代の性語⑰
現代では性経験のない女性を「処女」と呼ぶが、江戸時代は違った言い回しで表現された。それが「あらばち」という言葉である。漢字にすると「新鉢」「新開」となり、意味深でいやらしくも見える。ここではその「あらばち」という言葉の意味を用例を紹介しながら「江戸の性語」として解説する。
■あらばち
処女のこと。あるいは、未経験の女性器をさすこともある。
「新鉢」、「新開」と書いて、「あらばち」と読み仮名をつけることも多い。

[図]あらばちの娘を口説く男(『花以嘉多』(歌川国芳、天保八年)、国際日本文化研究センター蔵)
【用例】
①春本『ねがひの糸ぐち』(喜多川歌麿、寛政十一年)
ある大身の武家では、奥女中が姫に初体験をさせることにした。白羽の矢が当たったのが好之進。事前に、奥女中が好之進の陰茎を検分する。
「好之進さま、姫君はきっすい飛び切りの御新開(おんあらばち)ゆえ、おまえさまのお道具、とくと拝見の上ならでは、お怪我があっては、わたくしの不忠。いざ、お道具を試み」
事前の点検と称して、奥女中は好之進と交わる。
②春本『祝言色女男思』(歌川国虎、文政八年)
鉄という男が処女の女に強引に迫る。
女「あれ、鉄さん、よしねえな、悪ふざけをしなさんな。いまいましい。いやだというに、よしねえな」
鉄「馬鹿ぁ言え。どうで、誰にか一度は、あらばちを割られるもんだぁ」
「あらばちを割る」は、破瓜のこと。女にとっての初体験。
③春本『艶紫娯拾余帖』(歌川国貞、天保六年)
天下晴れての新枕(にいまくら)というのが、婚礼の夜の床入(とこい)りなり。これを初床(はつどこ)、または水揚(みずあげ)、俗にはあらばちと言い、手入らずのあらとも言う。昔は知らず、今どきの女の子に十五、六まで男の肌知らぬ娘もなけれど、表向きはどこまでも初めてのつもりなり。
江戸の庶民の娘は性的に奔放だった。結婚前に性的体験があるのは、けっして珍しくなかった。
④春本『春色入船日記』(歌川国盛、幕末期)
秋之助と、お沢の情交の場面。
秋「それでも、おめえは忠太さんの方がよかろう。新鉢(あらばち)を割られた上は、一生離れられねえということだから。ああ、ああ、それ、おいらもまた、いきかかった」
沢「どうしてまあ、こんなによいだろう。誠に誠に、さっきからいきつづけで、ああ、もう、体中がしびれるようになったよ」
お沢の初体験の相手は、忠太という男だったようだ。それにしても、秋之助はやや、めめしい。
⑤春本『露廼飛怒間』(幕末期)
男が、あらばちの女とする場面。
「あれ、まあ、じっとしておいでよ。今によくなるから。おまえ、一度味を覚えたら、じきにあとねだりをするだろう。あれ、手をお出しでないよ」
と、雁首へ唾をたっぷりつけ、そろそろと小腰に使えば、まだ新鉢ゆえ、きしんで入らず、
言葉遣いから、男は商家の若旦那のようだ。経験は豊富なようである。
このあと、男は指で愛撫を続け、うるおいが出てから、挿入する。
雁首は、亀頭のこと。
[『歴史人』電子版]
歴史人 大人の歴史学び直しシリーズvol.4
永井義男著 「江戸の遊郭」
現代でも地名として残る吉原を中心に、江戸時代の性風俗を紹介。町のラブホテルとして機能した「出合茶屋」や、非合法の風俗として人気を集めた「岡場所」などを現代に換算した料金相場とともに解説する。