【江戸の性語辞典】艶事をし終えたあと「がっかりする」…?
江戸時代の性語⑯
性交のあと「がっがりした」なんていわれようものならば、現在ではかなりショックな言葉である。しかし、江戸時代「がっかりした」という言葉は違った意味で使われたというから興味深い。ここではその「がっかりした」という言葉の意味を用例を紹介しながら「江戸の性語」として解説する。
■がっかりする
落胆や失望の意味ではない。
性行為のあとの、満ち足りた疲労と虚脱感をいう。とくに、男の射精後や、女のオルガスムスの余韻の状態である。

図 房事にがっかりした若夫婦(『吾妻文庫』[歌川国芳、天保九年頃]国際日本文化研究センター蔵)
【用例】
①春本『口吸心久茎後編』(歌川国芳、文政十二年)
芸者のおかほと助次の情交。
おかほは肩から身をふるわし、始めのうちは義理一遍、今は親身に取り乱し、よがり泣き。助次はここぞと気を励まし、淫水どくどくやりかければ、両足そらし、尻持ち上げ、
「あれさ、一緒に、一緒に」
と、ともに抱きしめ、がっかりすれば、
おかほは、最初の内は感じるふりをしていたのだが、そのうち、本気になった。そして、助次とおかほは共に絶頂に達したことになろう。
②春本『天野浮橋』(柳川重信、天保元年)
男が挿入すると、女は、
女はもう口をきかれんほどよくなり、ふうふう、すうすうと、鼻にて大よがり、しばらくこすり、ぐいと入ればじきに気をやる。ふたりともやってしまい、がっかりとして、ほっと息をつき、
女「抜くのはいやよ、こうして、いつまでもいたいものだ」
「気をやる」はオルガスムスを味わうこと。その後も、女は余韻を味わいたいようだ。
③春本『春色初音之六女』(歌川国貞、天保十三年)
お互いに性行為に堪能した男女。
ふたりは気をやりじまい、疲れてがっかりしたという様子にて、そのまま横に寝転び、
ふたりはともにオルガスムスを味わい、心地よい疲労で横になっていた。
④春本『仮枕浮名の仇波』(歌川国政、安政元年)
性行為を終えたあと、女は自分の湯文字で、
どうせ汚れついでと、己の玉門と陰茎(へのこ)をぬぐい、脇の下から股座(またぐら)から、着物も畳もすっかりふけば、
男「あぁ、がっかりした」
と、煙管を引き寄せ、一服するうち、縮んだ陰茎(まら)を恨めしそうにちっと見やり、細い指で握りながら、
女「おや、こんなに小さくなったよ、ほんに、若いくせに、弱いねえ」
と、つまんだり、さすったり、色々と気をもみ、介抱すれば、
陰茎はふたたび固くなり、ふたりはまた始める。
湯文字は、女の下着である。腰巻ともいう(第2回参照)。
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歴史人 大人の歴史学び直しシリーズvol.4
永井義男著 「江戸の遊郭」
現代でも地名として残る吉原を中心に、江戸時代の性風俗を紹介。町のラブホテルとして機能した「出合茶屋」や、非合法の風俗として人気を集めた「岡場所」などを現代に換算した料金相場とともに解説する。