【江戸の性語辞典】話し言葉として用いられた性語「へのこ」の意味とは?
江戸時代の性語⑭
本記事は現代では使われていない「江戸の性語」を紹介するもの。江戸時代の性に関する言葉は、現代まで使われているもの、意味が変化したもの、まったく使われなくなったものなど様々なものが存在し、掘り下げていくとかなり興味深い。
■へのこ
陰茎のこと。江戸では、話し言葉として普通に用いられた。
春本や春画の書入れでは、男根、一物、魔羅、玉茎、陽具、陽物などと書いて、「へのこ」と読み仮名を付けることが多い。

図 忍び会う男女。(『花以嘉多』歌川国芳・天保八年/国際日本文化研究センター蔵)
【用例】
①春本『艶本君が手枕』(喜多川歌麿)
深川の芸者と情交しながら、男が述懐する。
「辰巳(たつみ)におめえほどの女はふたりとねえが、また江戸中に俺ほどの男もねえよ。また、俺ほどのへのこもねえが、おめえほどの開(ぼぼ)もねえ」
辰巳は深川のこと。開は女の陰部のこと。
それにしても、男のうぬぼれは相当なものだ。
②春本『艶本葉男婦舞喜』(喜多川歌麿、享和二年)
一度終えたあと、女が男に言う。
「今度は、わたしがほうから、おまえをよがらしてあげましょう」
と、細き手に男根(まら)をしこしこ握り固め、股座(またぐら)へたくしこんで持ち上げ、持ち上げ、男根(へのこ)の出入りのたびごとに、ムムムといけめば、開中(かいちゅう)締まりて棹(さお)をしごき、
男根に「まら」と「へのこ」と、二通りの読み仮名が付いている。
「開中」は、開(女性器)の中、つまり膣の意味。
「棹」は、へのこのことである。
③春本『泉湯新話』(歌川国貞、文政十年)
女房はその気になり、亭主のへのこに手をのばす。
「さあ、なんだな。じれってえ」
と、股座へ手を入れて、亭主のへのこを握ってみて、
「なんだな、不景気な、また飲んできたの」
「馬鹿ぁ言え。湯つび酒まらというから、まんざら悪くはあるめえ」
酒に酔った亭主のへのこは、まだやわらかなままだった。
「不景気」は当時の流行語で、「つまらない、面白くない」の意味。
女房の不満に対し、亭主は「湯つび酒まら」(第10回参照)を持ち出し、強がりを言っている。
④春本『春情指人形』(渓斎英泉、天保九年頃)
初老の夫婦。亭主が女房をさそう。
亭「さあ、寝るぞ。なんだか今夜はおかしな晩で、玉茎(へのこ)が立って、手に余る。こなた、どうぞしてくれねえか。困りきるは」
女「おや、けしからねえ。どれ、お見せなさいな。ほんに木でこせえたようだね。おめえのように達者な人は、世間にはあんまりあるまいねえ。それを治すには、まあ、お待ちなさい」
女房は亭主の願いに応じるようである。
⑤春本『春情浅草名所』(歌川国盛、幕末期)
女「ああ、いやだよ、あやまったよ、あれ、あやまったと言うに。ええ、もう、どうしようねえ。ええ、無理なことを、あれ、およしと言ったら。よう、およしよ、およしよ」
男「静かにしねえな。もう、雁首だけ入ったからにゃあ、どうでもこうでも、一番、気をやらねえうちは、俺は承知しても、へのこが承知しねえ。これさ、そんなに騒ぐと、動くたんびに、へのこがちぎれるようで、じきに気がいってしまいそうだ」
「雁首」は亀頭のこと。
「気がいく」は、男の場合、射精を意味する。
[『歴史人』電子版]
歴史人 大人の歴史学び直しシリーズvol.4
永井義男著 「江戸の遊郭」
現代でも地名として残る吉原を中心に、江戸時代の性風俗を紹介。町のラブホテルとして機能した「出合茶屋」や、非合法の風俗として人気を集めた「岡場所」などを現代に換算した料金相場とともに解説する。