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「こぶとり爺さん」に平家滅亡の謡曲を盛り込んだ太宰治の短編とは?

鬼滅の戦史69


鬼がお爺さんの「こぶ」を取る不思議な「こぶとり爺さん」の物語。その長閑な昔話とも言えるお話に手を加えたのが太宰治。彼は自身の短編小説の中に、一ノ谷の戦いで討ち死にした平通盛(みちもり/清盛の甥)の話を付け加えてしまったというのだ。


鬼がお爺さんの「こぶ」を取る不思議

『日本昔話』尾崎英子訳/国立国会図書館蔵

 「こぶとり爺さん」といえば、鎌倉時代の説話集『宇治拾遺物語』に記された、木樵のお爺さんが、鬼に「こぶ」を盗られたことに端を発するお話である。右の頰に「こぶ」が出来たお爺さんが、山に芝刈りに行った時のこと。夕立に出くわして大木の陰で雨宿りをしていると、どこからともなく奇怪な姿の鬼たちがやってきて酒盛りを始めたのだ。その鬼たちの舞に釣られて、つい宴の輪に飛び込んでしまったというから、この爺さん、かなり呑気というか、度胸があるというか…。

 

 ともあれ、自慢の舞を披露したところ、鬼の首領が気に入って、明日の晩もまた来いという。その際、約束を違えぬ様にと、「かた」(質)として「こぶ」を捻り取ったというのだ。鬼から見れば、「こぶ」が何やら、福を思わせる大事な物の様に見えたようである。

 

 面白いのはその後の展開だ。この話を聞いた左の頬に「こぶ」のある隣の爺さんが、「それなら、わしのこぶも取ってもらおう」とばかりに、夜更けに同じ場所に出かけた。前夜同様、宴に興じる鬼たち。その輪の中に繰り出して舞を披露するも、踊りが下手だったことが災いを招いたようである。鬼たちに愛想を尽かされ、「かた」として預かっていたもう一人のお爺さんの「こぶ」まで突き返されて、右の頰にくっ付けられてしまったからたまらない。とうとう左右二つの「こぶ」を持つようになってしまったのである。物語の最後の締めくくりとして、「ものうらやみはせまじことなりとか」(人を羨んだりしてはならぬのだ)と記されているのも、印象的であった。

 

鬼とは山伏のことか?

 

 「人を羨むことはいけないことだ」と締めくくるところからすれば、単なる説教じみた説話かと、軽く読み捨ててしまいそうになりそうだ。ただし、「説話からも歴史を読み解くことができる」との立場を尊重するとすれば、もう一歩踏み込んで読みすすめてみるのも悪くない。

 

「なぜ夜更けに鬼たちが集って舞を披露していたのか」という、さりげない場面を掘り下げてみたいのだ。実はこの点について、山岳修行者である山伏のことを指しているのではないかと指摘されることがあるのだ。そういえば、山中での厳しい修行を通じて霊力を身につけたとされる山伏は、時にその霊力によって病をも治すと信じられたこともあった。「こぶ」を難なく捻り取ることができたのも、その霊力によるものとすれば納得できそうである。

 

 山中で修行する修験者で、密教などと習合して天台宗や真言宗とも繋がりを持つ山伏。時には、法会の余興として行なわれた歌舞(延年の舞とも)の演者になることもあったという。その際、鬼の面を付けて舞うこともあったとか。それらを踏まえれば、ここに登場する鬼とは実は山伏のことで、遊び呆けているように思えるこの舞というのも、それなりの儀式であったと見なすこともできるのだ。

 

 加えて、『物語』では、最初の爺さんが「善人」で、隣の爺さんが「欲張り」であるかのごとき裁定を為しているのも気になるところ。隣の爺さんが「こぶ」を取ってもらいたいと願いを込め、勇気を振り絞って鬼の輪の中に入ったということまで責められるべきとは思えないからである。歴史的事象および道徳的観点からも、この説話、もう一度見つめ直してほしいと思うのである。

 

一ノ谷の合戦で討ち取られた平通盛。『前賢故実』菊池容斎筆/国立国会図書館蔵

鬼が平通盛の霊を弔う話に辟易したのか?

 

 さて、この話をどう読むかの議論はともあれ、興味深いのがここからである。この「こぶとり爺さん」の説話、実は、かの太宰治が短編小説のネタとして取り上げていることに注目したい。

 

 そこに登場する隣の爺さんの「舞」が重要である。『宇治拾遺物語』では単に下手な踊りとしているが、太宰版では、平家滅亡を謳った謡曲『通盛』を演じたことで、鬼たちが興を削がれて立ち去ったことにしているのだ。抹香臭いお話など御免とばかりに逃げ惑う鬼たち。その最中に「こぶ」の話を持ち出したところ、「かた」として取り上げられた「こぶ」を投げるかのようにくっ付けられてしまったというのだ。それこそ、飛んだとばっちりという他ない。

 

 ともあれ、ここで舞われたのが謡曲『通盛』であったという点に興味をそそられる。それは、一ノ谷の合戦で討ち取られた平通盛(清盛の甥)の妻・小宰相が、夫の死をはかなんで自ら海に沈んでしまうという悲哀を元にしたもの。二人の死後、その霊が成仏するようにと、毎夜とある僧が、阿波の鳴門で弔いのお経をあげるというお話である。太宰はここに登場する鬼たちを無邪気で甚だ愚かな者と捉えているが、このお経に根をあげて退散するとの設定にしているというのが興味深い。

 

 ちなみに平通盛といえば、戦いの最中にも関わらず、愛しの妻との逢瀬を重ねていたところを、弟の教経に諭されて渋々妻を戦場から遠ざけたという御仁。その後、通盛は源氏に追い詰められてしまうが、最後にせめて名のある武将と戦って討ち死にせんと奮闘。結局、源氏方の佐々木俊綱(木村成綱、玉井助景との説も)と刺し違えて亡くなっている。夫の死を知った小宰相も、屋島へと向かう途上、海に身を投げたとのことである。

 

 この陰気臭い話をなぜ太宰が長閑な「こぶとり爺さん」の話に盛り込んだのかはわからないが、怨霊渦巻く平家滅亡の物語を持ち出して、話に重みを与えたことは確かなようだ。元のお話よりも、奥深さが増したと思えるのだが、いかがだろうか?

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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