壇ノ浦に沈んだ平家一門のうち、男は平家蟹に、女は河童に生まれ変わったと言われるわけは?
鬼滅の戦史66
壇ノ浦の戦いに敗れたものの、最後まで戦い続けようとした平教経(たいらののりつね)とその妻・海御前(あまごぜ)。後に教経は平家蟹に、海御前は河童の総帥に生まれ変わったと言い伝えられる。その経緯とは?
平教経の生まれ変わりともいわれる平家蟹
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九郎判官源義経を追う能登守教経。『芳年武者旡類』/都立中央図書館特別文庫室蔵
平家蟹という、平家の名を冠した蟹がいるのをご存知だろうか? 学名はヘイケオプシス・ジャポニカで、科、種、属ともヘイケガニという、嘘偽りなき平家ゆかりの名の蟹である。
この蟹、ひと目見て、すぐにそれと判る。なぜなら、丸びを帯びた甲羅に、まるで怒ったかのような人の顔が浮き出ているからだ。それを見るだに、とても食する気も起きない…からどうかは定かではないが、どうやら食用には向いていないようだ。
それはともかくこの蟹、実は壇ノ浦に沈んだ平家一門の男たちが蟹に姿を変えたのだと、語られることがあるのだ。もちろん伝承に過ぎないが、それを信じたくなるような顔立ちなのは事実。思わず「さもありなん」と頷いてしまうのである。
中でも、その代表格として名をあげられるのが、平家きっての猛将として讃えられた平教経である。平清盛の甥で、壇ノ浦の戦い時には、安徳天皇はじめ、平家一門の武将や女たちが次々と入水する中、ひとり最後まで戦い続けたことで知られる御仁であった。勝算なきまま敵を斬りまくる教経。その姿に、大将軍・平知盛(とももり)からも、「罪つくりなことをするな」とたしなめられるほどであった。ならば「敵の大将と刺し違えん」とばかりに源義経(よしつね)を探し出し、その舟に飛び移って組みかからんとしたのだ。しかし、義経も只者ではない。本領を発揮して、見事、八艘飛びの軽業で、舟から舟へ飛び去ってしまったのである。
もはやこれまでと死を悟った教経、今度は三十人力で知られた安芸太郎と次郎の兄弟を生け捕って左右の脇に抱えたまま、「死出の山の供をせよ」と大音声を発しながら、海に飛び込んだというのだ。
その教経の恐ろしげな形相を彷彿とするものがあったからなのかどうか、いつしか、この平家蟹こそ教経の生まれ変わりと信じられるようになったというのである。そんな経緯を思い浮かべながらあらためて蟹の甲羅を眺めやれば、「やっぱり!」と、頷いてしまいそうだ。
ただし、これには別の説があって、教経は壇ノ浦には沈まず、安徳天皇共々、四国へ逃れたと言われることもある。水主村(みずしむら/香川県東かがわ市)に潜伏した後、祖谷山(いややま/徳島県三好市)に移って土着したと伝えられることもあるが、真相は不明。
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讃岐平家蟹『日本山海名物圖會・三』平瀬徹斎 撰/国立国会図書館蔵
河童に生まれ変わった海御前
この猛将が平家蟹に生まれ変わったとの伝承に加えて、もう一つ気になるのが、その奥方とされる海御前の動向である。この海御前がどのような人物であったのか詳細は不明ながらも、夫共々気性が激しく、自ら源氏方の武将を斬り捨てたともいわれている。その猛女が壇ノ浦に沈んだ後、こちらは何と、河童の首領になったと言い伝えられているのだ。
一説によれば、海御前の遺体は、門司港大積の浜に打ち上げられたといわれる。里人が手厚く葬り、水天宮として祀ったとも。門司区大積に鎮座する大積(おおつみ)天疫神社の境内にある水天宮の小さな祠がそれで、側には海御前の墓と共に、河童の碑や河童の像まで置かれているのが印象的。一般的には、河童神社として知られているようである。
河童が命の尊さに目覚めた?
それにしても、なぜ平家の女たちが河童になったと言い伝えられるようになったのか? その理由は定かではないが、入水して苦しみもがく女たちの恨みが、河童という水に住む妖怪に変化させて恨みを晴らさんとしたに違いないと信じられたのだろう。
ちなみに、源氏のシンボルカラーである「白」はやはり忌避していたようで、5月の節句の頃から陸に上がっていたずらを繰り返していた河童たちも、蕎麦の真っ白い花が咲き誇る初秋になると、何処ともなく姿を消してしまったともいわれる。
ある時のこと、河童たちの一人が、殿様の名馬を水の中に引き込もうとして、逆に馬に厩へと引き摺り込まれたことがあった。家来たちに散々痛めつけられて、もはやその命も風前の灯となったその時、お殿様が現れて、「河童といえども、命の大切さは同じ」として解き放ってやったとの話が伝えられている。これを機として命の尊さに気付いた河童たち。以降、人馬を襲うことをやめたとのことである。その証文としての石(証文石)が、前述の大積天疫神社に置かれているという逸話も、興味深いものがある。