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狐が女性に化ける伝承がなぜ各地に存在するのか?

鬼滅の戦史62


狐が女性に化けて恩返しをするという「女化(おなばけ)物語」。そして怪しげなる光を放つ「狐の嫁入り」。いずれも狐が化けるのは女性で、それも妖艶な人物として描かれる。ずる賢い狸のイメージとは大違いだが、それはいったいなぜなのだろうか?


狐が女性に化ける物語

 

月をテーマとした揃物の大判錦絵に描かれた「月百姿」「むさしのゝ月」月岡芳年筆/都立中央図書館蔵特別文庫室蔵

 茨城県牛久市に、「女化(おなばけ)」という町名がある。「女が化ける」というのだから、何とも恐ろしい。ともあれ、想像力を掻き立ててくれる興味深い地名である。実はこれ、女性が化けたのではなく、狐が女性に化けたというお話が元になったものなのだとか。そのお話というのが、同地に伝わる「女化物語」である。まずはその概要から見てみることにしよう。

 

 時は建久年間(1190〜1198年)、あるいは永正7(1510)年、永正14(1517)年他、諸説あって定かではないが、舞台は女化原。かつて高見が原(根本ヶ原あるいは小萩ヶ原とも)と呼ばれた原野で、現在の牛久市女化町周辺である。

 

 江戸時代末期に記された地誌『利根川図志』(赤松宗旦著)によれば、牛久城主岡見氏に仕えていた栗林義長が、猟師に撃たれようとしていた一匹の狐を助けたことが発端であったという。狐とは神の遣い。死なせては申し訳ないと思ったようで、咄嗟に猟師に小石を投げつけた。小石をぶつけられた猟師は、弾を放ったものの的を外してしまったことで狐が無事、逃げ切ることができたのだ。ただしこのあたりのストーリー、地元の伝承では、義長の曽祖父の忠七が主人公になっている。「寝ている狐に咳払いをして逃した」とされるなど多少内容が異なるが、中盤以降のお話はおおよそ同様である。

 

狐とバレて飛び出すも涙

 

 ともあれ、話を戻そう。不思議なことが起きたのが、その後のことであった。館へ戻ると、なぜか亡くなった妻に似た女がいたという。ご想像の通り、先ほど助けられた狐がお礼にと、女に化けて義長のもとにやってきたのだ。義長がその女を娶ったことはいうまでもない。そして、子供も生まれた。親子共々の幸せな日々。しかし、それは長くは続かなかった。娘が6歳(7歳あるいは8歳とも)になったばかりの頃、とうとう妻の正体がバレたのだ。気を許して、つい尻尾を隠すのを忘れ、それを見られてしまったのが原因だったとの説もある。

 

 正体が狐とわかってしまっては、ともに暮らすことも憚(はばか)られると思ったのか、何処ともなく立ち去ってしまった。縁先に置かれた一枚の置き手紙、そこに認められたのが、

 

「みどり児の母はと問わば、女化けの原に泣く伏すと答えよ」

 

 という一文であった。「女化けの原」がその狐の住処だというのである。ここから、この辺り一帯を女化原と呼ばれるようになったとか。

 

 元は狐といえども、我が子を思う母の情愛は変わらない。涙をそそる一場面であった。

 

「関東の諸葛孔明」と例えられた栗林義長

 

 ところで、ここに名が記された栗林義長なる御仁、実は実在の人物である。前述したように岡見氏の家臣であるが、「関東の諸葛孔明」と例えられたほどの切れ者の重臣だったと言われている。

 

 牛久城の支城である若栗城(つくば市)を拠点としながら、火計を用いて多賀谷水軍を打ち破ったことで知られた天才軍師であった。数百艘もの大船団を組んで攻め込んでくる多賀谷水軍。これに対して義長が、風上に回り込んで火矢を雨あられと射かけた上、油壺まで投げ込んで大勝利。まるで孔明が打ち破った三国史上最大の激戦「赤壁の戦い」を彷彿とするものであった。その義長が、前述の地元の伝承の方を信じれば、狐のひ孫だったというから穏やかでない。

 

 もちろん、真偽のほどは不明であるが、先祖が狐と聞いて思い起こすのが、陰陽師として名高い安倍晴明である。母の名は、葛の葉。和泉国の信太の森に住む、女に化けた白狐であった。晴明生誕伝説が、前述の「女化物語」と瓜二つというのも、何らかの関係性があるようで興味深い。葛の葉が残した和歌「恋しくば尋ね来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」も、涙をそそる一首である。

 

 ちなみに、なぜ狐が女にだけ化けるのかというと、それは狐が陰陽五行説において陰気の獣であるからだという。狐が陰気を帯びているがゆえに、陽の気を帯びる男に引かれるのだとか。

 

稲荷として祀られることの多い狐 撮影 藤井勝彦

「狐の嫁入り」って?

 

 さて、長々と「女化物語」について記したが、狐にまつわるものとしてもう一つ気になるのが、「狐の嫁入り」なるお話である。一般的には、晴れているのに雨が降るという、化かされたような気分にさせられてしまうところから、天気雨のことを言い表すことが多いが、地方によっては、提灯が連なるような怪しげなる火を意味する場合もあるようだ。

 

 結婚式場が普及していなかった昭和初期以前は、嫁ぎ先において提灯行列で迎え入れられるのが当たり前だったと言われる。これを、人間ばかりか狐まで真似たとか。稲の神様とされる稲荷神、狐がその遣い(実際、ネズミを退治する益獣であった)とあっては、そんな怪しげなる火も、怯えるどころか、むしろ豊作を予言するものとして有難く見守っていたのだろう。

 

 いずれにしても、女に化けた狐は妖艶。ちょっぴり滑稽で、且つずる賢い狸とは大違いなのだ。狐が益獣として神聖視されたのに対して、狸は害獣。どこかとぼけたような表情もあって、滑稽に描かれたのだろう。

 

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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