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頼朝ゆかりの「江の島詣」が江戸時代に人気を集めた理由とは?

「江の島」の知られざる歴史


江島神社(神奈川県藤沢市)は、お伊勢参りに匹敵する参詣地として江戸時代に人気を集めた。なぜ江戸庶民は泊りがけでわざわざ足を運んだのか? その理由を通して、現代にも通じる江の島の魅力を紐解く。


 

源頼朝が産みの親である「江島弁財天」

江島神社内には、安芸の宮島、近江の竹生島とならんで「日本三大弁財天」として知られる江島弁財天が祀られている。幸福・財宝を招き、芸道上達の功徳を持つ神として仰がれている。

 神奈川県藤沢市の魅力的な観光地と言えば、江島神社(えのしまじんじゃ)に祀られている江島弁財天(えのしまべんざいてん)だろう。「江の島詣」が全国区となったのは、今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に登場する源頼朝や、北条時政ら御家人の参拝がきっかけである。そもそも、頼朝が文覚上人(もんがくしょうにん)に琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)の弁財天を江島神社に勧請させたのが江島弁財天のはじまりだった。江島神社には頼朝寄進と伝わる鳥居もある。その社紋は北条家の家紋に因んで考案されたと伝えられている。

江の島と深いゆかりがある源頼朝。『吾妻鏡』には頼朝が藤原秀衡を調伏するため、真言宗の僧である文覚を岩屋に参籠させて弁財天を勧請したという記述が残る。伝源頼朝坐像/東京国立博物館蔵 出典:Colbase

 江の島は頼朝や北条家と深いゆかりがあったが、そんな江の島詣の人気が爆発したのが江戸時代だ。泰平の世に入り、庶民も泊まりがけの旅行を楽しめる時代となったことで、江戸から近場である江の島詣が人気を集めたのだ。

 

 江戸時代に、江の島は鎌倉に勝るとも劣らない人気観光地に発展するが、そのブームを牽引したのは女性たちである。お伊勢参りは遠距離でもあり、江戸の人々にとっては一生に一回が限度であった。江の島詣はリピーターも多かったが近場だったことだけが人気の理由ではなかった。

 

江戸からアクセスしやすく女性からも大人気

芸能・音楽・知恵、そして福徳財宝の神として信仰された江島神社。代々の将軍たちも、病気の治癒、安産、旅行の安全を祈願したと伝えられる。「江の島詣」喜多川歌麿/都立中央図書館特別文庫室蔵

 江の島詣を描いたカラフルな浮世絵では女性が描かれることが多い。喜多川歌麿の浮世絵でも、江の島を望む浜辺を連れ立って歩く江の島詣の女性たちが描かれている。女性が江の島詣のブームを牽引している様子が窺えるが、何といっても弁財天が女性の神様だったことは大きい。

 

 それに加え、歌舞音曲(かぶおんぎょく)や芸能の神様として芸能に携わる女性から厚く信仰されたことも大きかった。今でいう女性芸能人やタレントが江の島詣に出かければそれだけ注目され、社会に与えるインパクトは計り知れない。

 

 また、島とはいいながら、実は簡単に行けたことも見逃せない。今は江の島大橋と江の島弁天橋が掛けられているが、江戸時代は橋がなかった。そのため、船に乗る必要があったが、引き潮ならば、そのまま歩いて渡れた。こんな手軽さも人気の理由だろう。

 

別名「絵島」とも呼ばれた風光明媚な景観

『吾妻鏡』によると、養和2年(1182)4月5日に源頼朝が北条時政、足立遠元ら御家人を引き連れ来島したとされる江の島。現在も絶景と、絶品の料理を楽しむことができる。

 女性に限らず、江の島詣が人気を集めた要因としては主に二つ挙げられる。一つ目は「絵島」という別名もあったほど、風光明媚(ふうこうめいび)な場所として知られたことである。江の島の風景は素晴らしく、樹木が生い茂る島と海が織りなす山水の美は関東一と称賛する感想が、江戸時代の記録には共通してみられる。

 

 眺望も素晴らしい。東を見れば七里ヶ浜、遠くには房総の山岳。南を見れば伊豆大島。西を見れば箱根・富士山。北を見れば丹沢・大山の山並みが遠望できた。江の島の参道に立ち並ぶ茶屋には遠眼鏡(とおめがね)が常備され、参詣者が絶景の数々を楽しめるようになっていた。

 

評判となった獲れたての海の幸

 

 江の島詣の人気を支えたもう一つの要因は、新鮮な海の幸を味わえたことである。江の島には漁師が多く、獲れた魚介類をすぐに調理して出してくれた。新鮮で美味な海の幸を材料とした料理は評判となり、江の島詣の大きな魅力となっていく。

 

 新鮮な魚介類を味わえただけではない。土産物としても人気であり、鮑(あわび)の糟漬(かすづけ)や海苔、貝細工などが名物だった。賃銭を払えば漁師が海に入って鮑を取ることもあったが、鮑取りは漁師の子供たちの小遣い稼ぎにもなっていた。

 

 このように、江戸の女性たちが楽しんだ江の島詣には、御利益だけでなく風景も食も堪能できる魅力があった。古い寺社が多いゆえに、歴史のお勉強になりがちな鎌倉の観光では味わえない魅力を堪能できるのも、江の島観光ならではの楽しみ方と言えるだろう。

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安藤優一郎あんどうゆういちろう

1965年千葉県生まれ。歴史家。文学博士(早稲田大学)。主な著書に『渋沢栄一と勝海舟』(朝日新聞出版)、『幕末の志士渋沢栄一』(エムディエヌコーポレーション)、『明治維新 隠された真実』、『河井継之助 近代日本を先取りした改革者』(ともに日本経済新聞出版)など。

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